第2回エキナカ書店大賞受賞作『ミッドナイト・ラン!』(樋口明雄著)書評

ネット上の集団自殺の呼びかけに集まった、五人の見知らぬ老若男女。ある者は酒に逃げ、ある者はセコな横領に手を染め、ある者は自分の夢から目を逸らし。自殺も生き方のひとつだかなんだか知らないが、一人では死ねない者たちらしい主体性のない人生を送ってきた人々である。

で、その五人がそろそろ一緒に死んじゃいましょうか、の瞬間に、とんでもない事件に巻き込まれる。あとはもうノンストップの全自動洗濯機。間抜けなインテリヤクザとひたすら凶悪な警察との、三つどもえのトム&ジェリーレースが楽しい。死んでるヒマなんかないとはこのことだ。

くたばり損ないの五人は、はじめはわけもわからぬままに、やがてはっきりと自分たちの意思で、進む道を選び、仲間を集め、そして〝空を跳ぶ〟。追い詰められてもうダメだとなったとき、ここぞという場面で発揮されて局面を打開する、五人の隠された特技が痛快だ。山田風太郎の忍法ものもかくや。

たとえばハリウッド並みのカーチェイスをかまして神奈川県警をぶっちぎった後に、五人のうちの一人が叫ぶ。「冗談でタクシー運転手ができるかっ」。この人は酒で身を滅ぼした元運ちゃん。言っていることはよく分からないが(アル中だし)、まあいいやよくやったっ、行け行けッ、と大興奮である。途中でからんでくるミニFM局の美しき女性パーソナリティと、少々勘違いしている地元住民の熱狂的な支持も受け、事態はさらに混沌として激化。一瞬の緩みもないままに、感動あふれる大団円へと一直線に突っ込んでゆく。

樋口明雄お得意の爽快感あふれる快作だ。樋口作品の中では『WAT16』『武装酒場』『武装酒場の逆襲』に連なる活劇スラップスティック系であるが、本作品の深みはそれらを凌ぐ。とかくダルで後ろ向きな昨今の社会風潮への疑問を織り交ぜつつ、とことんポジティブな視線が全編に通底して輝く。「いつかどこかでかならず君がヒーローになる日がくる。だから死ぬな。生きろ。」という作家のメッセージが伝わってくる。いわんや、くたばり損ないをや。これは冒険と再生の物語である。

FM局が騒動を煽ってサポートするあたり、ミカ・カウリスマキ(アキの兄)の痛快作『ヘルシンキ・ナポリ、オールナイトロング』(1987)が大好きなあなたには特におすすめ。樋口明雄が『約束の地』で大藪春彦賞&日本冒険小説協会大賞をダブル受賞した後の第一作で、講談社100周年記念書き下ろし100冊のひとつ。今売れています。(祝・文庫化! 2012年9月)

> 祝・樋口明雄さん『ミッドナイト・ラン!』(講談社文庫)がエキナカ書店大賞を受賞!(2013年9月発表)

そしてこんな素敵な小説を書いた樋口明雄さんの作家生活初めてのエッセイ集が、フライの雑誌社から発売になっています。タイトルからして面白そう。こっちも読まなくては。

樋口明雄、初のエッセイ集「目の前にシカの鼻息」