2014年6月に施行された「内水面漁業振興法」において、〈協議会制度〉が新たに規定された。全国で第一号と思われる協議会を、山形県が設置した。
山形県と聞いて一瞬、小国川漁協かと思ったが、最上漁業協同組合管内の鮭川だった。
小国川ダム問題を苦にして前組合長が自死までしているのに、なお平然と小国川ダム建設をごり押ししているのが山形県だ。現小国川漁協は山形県に追随して、天然アユとサクラマスの遡上するダムのない小国川の自然をつぶそうとしている。
そんな両者が協議会を設置するはずはなかった。
ちなみに内水面漁業振興法による協議会制度の目的は、「内水面漁業の生産力の発展と、自然環境の保全」とされている。
いい機会だ。
『フライの雑誌』第103号(2014年11月発行)の「緊急拡大版 日本釣り場論」で、〈水産庁インタビュー 内水面漁場管理官に聞く 新しい「内水面漁業振興法」をどう使うか〉という記事を掲載した。以下、まるごと公開する。
いったい「内水面漁業振興法」とは何なのか。国民の役に立つのか。
『フライの雑誌』第103号 日本釣り場論75 ラインナップ
その1 水産庁インタビュー 内水面漁場管理官に聞く 新しい「内水面漁業振興法」をどう使うか 編集部(以下に公開)
その2 内水面漁業はどうなっちゃっているのか 水口憲哉
その3 [漁協をつくろう!] 釣り人による、釣り人のための、釣り場づくりを考える スズキ・イチロー
その4 「漁業者の川から釣り人の川へ」再考 釣り場時評76-2 水口憲哉
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日本釣り場論75 その1
水産庁 内水面漁場管理官に聞く
新しい「内水面漁業振興法」をどう使うか
本誌編集部 まとめ
(2014年9月16日水産庁にて取材)
●2014年6月27日「内水面漁業の振興に関する法律」(内水面漁業振興法)が議員立法(※1)で新たに成立した。内水面漁業の振興をうたった法律は初めてだ。
●水産庁資源管理部 漁業調整課 内水面漁場管理官の澤田龍治さん(48歳)に法律の中身をレクチャーしていただいた。釣人専門官の中川秀樹さん、新任釣人専門官の山田源太さんも同席いただいた。
●内水面漁業振興法の精神と、新しい制度を有効活用すれば、釣り人にとっての快適な釣り場づくりに役立つ法律的な裏支えになるかもしれない。要注目だ。 (ききて/本誌堀内)
外来魚、カワウ、冷水病
─ まず内水面漁業振興法の大枠を教えて下さい。
澤田 内水面漁業では漁業生産の減少、組合員の減少といった問題が顕在化しています(※2)。内水面漁業の振興のために国と地方公共団体、漁業者がやるべきことをまとめた法律です。漁業者の責務が定められているのはめずらしいことです。
本法律の対象には、国、地方公共団体、漁業者の他、遊漁者、河川湖沼を利用する者が含まれています。釣り人もいっしょに努力していきましょう、と明示されています。
大きなポイントは、外来魚対策、カワウ対策、冷水病の三点です。懸案事項へ、これまで以上にしっかり対応します。内水面の水量確保、漁業にふさわしい河川環境については関係省庁である農水省、国交省が協力すると明示されています。
本法律の対象には、国、地方公共団体、漁業者の他、遊漁者、
河川湖沼を利用する者が含まれています。釣り人もいっしょに
努力していきましょう、と明示されています。(澤田さん)
遊漁規則を分かりやすく
澤田 釣り人に関わるものとしては、「遊漁規則の遵守を啓発すること」が盛り込まれました(※3)。遊漁規則は県知事が認可するもので、県報には載せないといけません。各都道府県ごとの判断で遊漁規則を釣り人へ周知していたものを、今後は国もいっしょになって周知の努力をしようということです。
─ 初めて行く釣り場の遊漁規則を県の担当課へ問い合わせてもすぐに分からない状況は解消されますか。
中川 各漁協の遊漁規則を、都道府県の水産担当部課が答えられない状態はおかしいんです。県で決める規則は県できちんと情報をおさえなければいけません。
─ 本法律ができたことで、国から各都道府県へ「遊漁規則を公開しましょう」と改めて通知することは可能ですか。県の水産課のホームページに行けば、すべての漁協の遊漁規則を閲覧できる状態にするくらいは、すぐに対処できるように思いますが。
澤田 考えられる対応です。水産庁のホームページ「遊漁の部屋」(※4)からも、各都道府県の水産課へリンクを張ることもできると思います。
ウナギの生産量を制限する
澤田 第三章第五節では、養鰻業におけるウナギの生産量を制限していくための条文が記されています。
─ 条文には規制対象の魚を「政令で指定する」ものとありますが、「ウナギ」とは書いていません。ウナギ以外の魚の養殖に規制がかかる可能性はあるんですか。
澤田 条文はかなりハードルが高い。現在のところウナギ以外の魚の養殖を制限することはありません。今後、たとえば魚病などの関係でウナギ以外の魚種が入ってくる可能性は全くないわけではありませんが、現在のところはウナギのみです。
漁協と釣り人が連携して、堰堤に魚道を設置していこう
といったテーマでも、国交省や地方公共団体といった
河川管理者を巻き込んで、協議していける可能性ができました。
あえて河川管理者を入れたのがミソです。(澤田さん)
「協議会」新設が目玉です
澤田 第四章に「協議会」とあります。この「協議会」制度の新設が、内水面漁業振興法の目玉です。
─ くわしく教えて下さい。
澤田 漁業権の免許を受けている漁協が認可者の知事に対して、「内水面における水産資源の回復」「漁場環境の再生」「そのほか内水面漁業の振興に関する必要な措置」について、協議会を設置してくれと申し出ることができる制度です。
─ 申請できるのは漁協だけですか。
澤田 共同漁業権を受けられるのは漁協(漁連含む)ですから、申請の主体は漁協です。釣り人が漁協を動かして、漁協を窓口にして協議会の設置を申請することは可能です。
─ これ、面白いと思うんです。釣り人の意見を行政へ届ける方策として内水面漁場管理委員会がありました。でも漁場管は釣り人にとって身近ではないですから。
澤田 協議会設置の新しいところは、「河川管理者」を一緒に協議の場に来させることになっている点です。国が管理する大きな河川の管理者は国交省です。河川事務所の出先機関が対象になるでしょう。二級河川なら都道府県知事です。準用河川は市町村長が管理者です。
─ なぜ今回、協議会制度ができたのですか。釣り人のためですか?
澤田 実際は、近年増えているラフティング利用者との水面利用の調整ができていないことが、協議会設置の背景にあります。漁業権は排他的にそこの水面を利用する権利ではありません。時間や場所を区切って水面を利用するために協議会で調整しましょう、という主旨です。(※5)
─ 養鰻に関する項目は、法律の策定過程において後付けで加えられたと聞いています。この協議会も後付けの項目ではないのですか。
澤田 協議会の項目は最初から入っていました。ラフティングに困っていた漁協さんからの声が大きかった。
中川 全内漁連さんはこの法律を作るために一生懸命動いてきました。協議会制度の新設はこの法律の目玉ですので、期待も大きいでしょう。
─ 目玉なんですね。
澤田 はい。目玉です。内水面漁業振興法の中で、ウナギと協議会だけが新しい項目ですから。
川や湖の釣り場がよくなる?
─ 協議会には釣り人も入りますか。
澤田 はい。協議会の参加者は、都道府県、漁業権者、河川管理者、学識経験者、その他都道府県が必要と認める者です。「その他都道府県が必要と認める者」に、市町村の観光部局や、釣り人が想定されます。現実的には遊漁者団体になるでしょうか。メンバーは知事が選びます。今までも漁場管で水面利用の調整をしていましたが、協議会ではより個別の事案を調整することができます。
─ 釣り人が漁協を通じて「協議会の開催を知事に申請してくれ」、と頼むわけですね。
澤田 全内漁連も「遊漁者と協力して釣り場の問題を解決していこう」と言っています。たとえば、漁協と釣り人が連携して堰堤に魚道を設置していこうといったテーマでも、河川管理者を巻き込んで協議していける可能性ができました。
─ 釣り人の立場からも釣り場環境をよくするための広いテーマで使えそうなツールですね。テーマ例は?
澤田 国からの通知で例として挙げているのは、ラフティングなどレジャー活動との調整、産卵期と河川工事の時期の調整です。
─ もっと具体的な例示はできますか。国からの通知に各テーマごとに書いてあれば、一般の釣り人はより分かりやすいと思います。(※6)
澤田 協議会には河川管理者が必ず出なければならないので、あまり個別に例を書くといやがる省庁がでてきます。色々なテーマが想定される旨を話していこうと思います。
中川 全内漁連としても、三面コンクリートの川へ魚を放しても砂漠へ放流しているようなものだから何とかしたいという意味で、河川管理者をメンバーとしたこの協議会制度の新設には期待しているようです。
─ 今までは、内水面へ大きな影響を及ぼす物事でも、河川管理者から漁業者や住民、釣り人へ規定事実として報告されるだけだった。今後はいわば下流から上流へ向けての問いかけの場として、協議会が新しく機能するという考え方でいいしょうか。
澤田 そのとおりです。あえて河川管理者を入れたのが内水面漁業振興法のミソです。内水面漁業振興法により、内水面の漁場をよくするための「協議会制度」ができました。どこまで対応できるのか、事例を積み重ねていくことが大事です。協議会への参加者もその過程で広がるでしょう。
内水面は、漁業より遊漁者との関わりの方が強い。
組合員も遊漁者ですので、「内水面漁業の振興」を
「遊漁による振興」と読み替えて間違いはありません。
よい釣り場、よい河川環境を目指そう、というところは一緒です。(澤田さん)
内水面漁業は「釣り」だから
─ 水産庁は内水面は遊漁者の存在なくして考えられないと言っています。「内水面漁業の振興」は「遊漁の振興」とイコールですよね。(※7)
澤田 内水面は漁業より遊漁者との関わりの方が強いですからね。組合員も遊漁者ですので、「遊漁による振興」と読み替えて間違いはありません。よい釣り場、よい河川環境を目指そう、というところは一緒です。
─ 内水面漁業者と遊漁者の実態はいっしょなのに扱いは別である。その齟齬はこのままなのでしょうか。今後は実態に即した「釣り」そのものへの行政的な施策が必要ではないでしょうか。
中川 レクリエーショナル・フィッシングは遊びでしょう。内水面の遊漁は遊びだと斬り捨てられるよりは、漁業の枠組みの中で整理される方がいいという意見もあると思うんです。
─ むしろ国に釣りを遊びとして整理してほしくないのが、遊びサイドです。歴代の釣人専門官も釣りにこれ以上の法的規制や枠組みはいらないと発言しています。遊漁に関して新しい規制はいらないと。(※8)
中川 僕もそう思います。ないほうがいい。
─ といいつつ、河川管理者がこれまで水産資源や釣りの人へ配慮に欠ける河川管理を行ってきたために、ここまで釣り場環境が悪化してしまったのは現実です。なにかしら釣り人もコミットしていきたい。しかしながら釣り人が河川管理へ関わる法的な裏支えは、今までありませんでした。内水面漁業振興法によって、河川管理へ釣り人も関われる協議会制度ができたという認識でいいでしょうか。
澤田 はい。そのとおりです。新設されたこの協議会制度で何ができるのかはまだ分かっていません。ある県ではこれをテーマにした、こちらの県ではこれを解決した、という事例を積み重ねていくことが大事だと思います。
─ 協議会制度を色々なテーマで積極的に利用していけば、新しい展開がありそうですね。びっくりマーク!をつけておきましょう。(笑) (2014年9月16日水産庁にて)
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用語注釈(編集部):
※1 議員立法
国会議員が発義する法律のこと。与党側議員による提案なら素早く通るケースが多い。本法も衆参両院で全会一致(!)で可決した。水面下で活動していたのは、全国内水面漁業協同組合連合会(全内漁連)とその系列議員。全内漁連の代表理事会長は宮腰光寛自民党衆議院議員。ウナギ以外の3点セットは長らく内水面漁業の懸案事項だった。なぜ今年になって内水面漁業の新法なのか。民主党政権時代に冷遇されていた全国内水面漁協連合会(全内漁連)が、自民党政権の復活により、政治的に再登場したのかなという印象がある。
※2 内水面漁業の問題
本法で指す内水面にはすべての河川・湖沼が入る。漁業法で海面扱いの琵琶湖、霞ヶ浦も本法の範疇に入る。
※3 内水面漁業振興法 第25条
「国及び地方公共団体は、内水面漁業に対する国民の理解と関心を深めるよう、内水面漁業の意義に関する広報活動、川辺における自然体験活動に対する支援その他の必要な措置を講ずるよう努めるとともに、内水面水産資源の適切な管理に資するため、遊漁規則等の遵守に関する啓発活動その他必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」
※4 「遊漁の部屋」
水産庁から釣り人へ向けた情報発信ページ。水産庁HP > 分野別情報 > 遊漁の部屋 > 内水面に関する情報
※5 協議会
海においては「海面利用協議会」があり、〈漁業と海洋性レクリエーションとの海面の利用を調整する〉とされている。1994(平成6)年の水産庁通知で全都道府県に設置された。海洋性レクリエーションとは、釣り・ヨット・モーターボート・ダイビングなどとされている。内水面(川と湖)には同様の制度はなかったが、本法での「協議会」が海面利用協議会の機能に相当すると考えてよさそうだ。
※6 協議会を使えるテーマ
本誌が考える協議会利用のテーマは、魚道の設置、取水量の調整、適切な護岸工事の手法、水源林の保全、漁協の適切な漁場管理、増殖方法の選択、ダムの問題などなど。よりよい釣り場環境を実現するためのすべて。内水面の協議会は全内漁連からのラフティングへの苦情が始まりのために、釣り人のために協議会を有効活用できるかどうかは、今後の事例の積み重ねが分かれ目になる。それにしても、現代の内水面漁業者の実態は、遊漁者と同じである。釣り人も協議会設置を申請できて当然だがそれができない。このあたり、釣り人には政治的なパワーがまったくないのが現実だ。
※7 内水面漁業の振興と遊漁による振興
本年度(平成26年)、水産庁が持っている内水面漁業(釣り)に関する予算額は、約2・6億円だ。水産庁全体の予算枠は2290億円だから、約0・1パーセントにすぎない。もともと国が内水面漁業に振り分けているカネはそんなものでしかないということだ。
内水面漁業振興法は〝大きな〟法律だ。法律ができれば予算も人員もつく。来年度(平成27年)、水産庁は内水面漁業に関して65パーセントの増額、4億円を要望している。(補助を加えた実際の事業規模はその倍になる)
4億円の使い道を水産庁担当部署に聞いた。出てきた言葉は、外来魚対策、冷水病対策、カワウ対策、ウナギの資源量調査。ウナギ以外は全内漁連の既存課題だ。全内漁連と系列議員はしてやったりというところだろう。
内水面漁業の定義とは何ぞやとか、そもそも組合員と遊漁者の区別は何かとか、養殖業は別として、実体のない内水面漁業に特化した法律を今さら作って、億円単位の税金を突っ込む必要があるのかとか、釣り人としては色々な思いが浮かんでくる。
※8 歴代の釣人専門官の発言
本誌BN 第67号/第70号/第73号/第74号参照。本号トピックス(129頁)に新着任の釣人専門官への紹介記事あり。
(解説は本誌編集部・堀内)
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