【特別公開】生き物らしさを演出する〝ゆらぎ〟とはなにか(渡辺英治×川本勉)

現在発売中の季刊『フライの雑誌』第96号の第2特集〈釣り人のサイエンス〉の評判がよいようです。とくにこれまでフライフィッシングをされたことのない釣り人以外の皆さんからの反応がよく、すこしおどろいています。以下に記事の一部を紹介します。(編集部)

特集2◎釣り人のサイエンス『フライの雑誌』第96号掲載)
インタビュー 渡辺英治 氏(基礎生物学研究所准教授)
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ききて 川本勉(FLYイナガキ代表)

生き物らしさを演出する〝ゆらぎ〟とはなにか
(基礎生物学研究所・渡辺英治准教授の研究成果から)

●今年1月、新聞各紙に[メダカがミジンコを補食する際に1/fゆらぎを利用していることを解明]という記事が出た(プレスリリース)。愛知県岡崎市にある基礎生物学研究所(基生研)の渡辺英治准教授のグループの研究成果である。

●記事が出た直後、本誌でもおなじみの川本勉氏(愛知県/FLYイナガキ代表)から、「あの記事を見ましたか?」と電話がかかってきた。川本氏が長年実践している「魚のやる気を出させるドライフライのプレゼンテーション」が、フラクタルなピンクノイズ(後述)であることが証明された、と興奮している。

●本誌前号の管理釣り場特集でも触れたように、川本氏が投げるドライフライの軌跡は独特で、なぜか魚が誘われたように飛び出ることは多くの人が証言している。川本氏はすでに研究所へ行って、渡辺氏にくわしくお話をうかがってきたという。さすが早い。「たいへん面白いからあなたも来なさい」とおっしゃる。なるほど、それなら行かない手はない。

●2月、川本氏とお仲間といっしょに、基生研へうかがった。『フライの雑誌』を読んでくださっていた渡辺准教授は、私たちフライフィッシャーの経験や勝手な憶測を面白がってくださった。研究成果をベースに、話題はフライフィッシング的にあちこちへと広がった。(2012年2月6日/基生研・渡辺研究室にて収録)

渡辺英治 基礎生物学研究所准教授
1962年11月 大阪市に生まれる。1986年 大阪大学理学部生物学科卒業。1988年 大阪大学大学院基礎工学研究科前期課程修了。1991年 大阪大学大学院基礎工学研究科後期課程修了。1991年 日本学術振興会特別研究員。1992年 愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所研究員。1995年 基礎生物学研究所助手。1998年 基礎生物学研究所助教授。1998年 総合研究大学院大学・生命科学研究科助教授(併任)。2002年〜2006年 科学技術振興機構・さきがけ研究21、研究員(併任)

「メダカがバーチャルプランクトンへ狂ったように反応している姿は、本当にインパクトがありました。」(川本)

「今回の論文には数式はひとつもありません。意地でも数式を書きたくなかった。たくさんの方に読んでほしかった。」(渡辺)

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自然界では色々なものが揺らいでいる

川本 メダカがバーチャルプランクトンのピンクノイズの動きに狂ったように反応している姿は、本当にインパクトがありました。ホワイトノイズ、ブルーノイズとはまったく反応が違うんですから。(下コラム参照)

渡辺 ミジンコの動きをコンピュータ上で定量化して、今まではそれを人間が評価していたんです。「これはミジンコの動きですね」という具合に。今回は、その評価を魚にしてもらいました。私たちがミジンコの動きだと思ってコンピュータ上で合成した動きをメダカに見せたところ、メダカが〝これは餌だ〟と判断して、他の動きよりも食いついてきた動きがあった。その波形が生物学的1/fゆらぎ=ピンクノイズだった、というのが今回の研究成果の軸です。ピンクノイズは生物が発生させる特徴的な信号の一つとされています。人間もピンクノイズの動きを持っています。たとえば心臓はまさにピンクノイズ的に鼓動を打ちます。ピンクノイズは「パワースペクトルが周波数に対して逆相になっている」波形です。こまかく不規則に振動しつつ大きくゆらぎ、全体の構造はフラクタル(部分と全体が自己相似になっている)になっています。

─(編集部) バーチャルプランクトンシステムは、人間がコンピュータ上で生き物らしさを演出したということだと思います。フライフィッシングもフライとその動きで視覚的に生き物らしさを演出する。「ゆらぎ」という言葉には散文的な匂いを感じました。

渡辺 「ゆらぎ」はいろいろな学問分野で再注目されています。しかしそれはまさに散文的なざっくりとした概念です。

─ 自然界には、リアス式海岸や山の稜線、雪の結晶など、フラクタルな造形が多くあります。不思議です。

渡辺 自然界では色々なものがゆらいでいます。もともと生き物は自然と常につきあっています。生き物は常にモノマネをしようとしている。進化をモノマネの歴史と考えてもいい。たとえば熱いものが目の前にあったときに、それが熱いことを知らなければじゅっとなって死んでしまうだけです。熱いことを知っているから逃げる。それを知っているか知っていないかが非常に重要で、その積み重ねが進化だと思います。環境がゆらいでいるなら、自分もゆらぐ。環境にあることはぼくら生き物のなかにもある、それが生き物の基本だと思います。

・・・(中略)・・・

「生きものは差分を感じる能力は強い。しかし差分だけだと固定化するので、ゆらぎを使ってバリエーションをプラスします。」(渡辺)

「きれいでなめらかなキャスト、プレゼンテーションにはフラクタルな〝ゆらぎ〟がある。虫が飛んでくる姿はまさにそういう感じです。」(川本)

「ムダかもしれないけどとにかくやっちゃう。その行為こそがまさに生き物の根本です。」(渡辺)

知らないことへ「引っかかり続ける」

川本 ぼくは最初に新聞記事を見て、ミジンコの動きをひきのばせば、きっとフラクタル曲線になると思いました。それはドライフライの飛行曲線とも相通ずるに違いない。魚を魅了するドライフライの飛行曲線はフラクタルなんだと、ぱっとひらめいて、もっとお話を伺いたくて、先生に電話しちゃったんです。

─ フライフィッシャーは頭の中でいじることを楽しむ。だから今回の研究成果にもフライフィッシャーは興味を持つと思います。フライフィッシングはムダの産物です。魚を獲るだけなら効率のいい方法があるのに、あえてややこしい手段を好んで選んで、しかも捕った魚を持って帰らないこともある。これは本当にムダです。ですがそのムダに人生をかけてしまう人もいるという(笑)

渡辺 その点では共感を持ちます。『水生昆虫アルバム』(島崎憲司郎著/フライの雑誌社刊)を読ませてもらったんですが、これはやばい世界ですねえ(笑) 世の中的にはムダと思われるかもしれません。でもこの本に書かれていることは、知りたいという欲望のもとに知識を得ようと努力している点で、私たちが生物の基礎研究でやっていることとまったく同じです。それは生き物にとってとても大事なことなんです。魚を食べたいという実利目的はないのに、ここまで水生昆虫と魚と人間のあいだを突っ込んで研究する、それはまさにムダな基礎研究です。本当に素晴らしいと思います。生き物は環境のことを知らないと生きてゆけません。そこに「差分」があると意識すると、どうしても落ち着かない。結果、ムダかもしれないけどとにかくやっちゃう。その行為こそがまさに生き物の根本です。「どうしても知りたい」ことは、自分のいのちを落としてまで知ろうとする。熱いことを知るためにいのちを落とす個体がいたとしても、いくつかが生き残ればそれは全体として熱さを知ったことになります。それが進化だと思うのです。

─ 知らなくていいや、といっている種は淘汰される。

渡辺 知識の中にもムダはあります。しかしとりあえず知識欲の求めるままに、色々なことを知ろうとする。ヨーロッパで作っている素粒子を調べるためのあの途方もなく巨大で巨額なお金のかかる加速器も同じです。あれがムダかどうかは今の僕らには判断できません。でもとにかく「やっちゃう」。ぼくの研究もじつはその「やっちゃう」系なんです。・・・

・・・全文は『フライの雑誌』第96号に掲載しています・・・

●以上の内容にご興味をもたれた方はぜひ元記事におあたりください。釣りとは全然かんけいなく、面白いとおもいます。フライフィッシングの雑誌を作っている編集部として、自分の雑誌に載せた記事について、「釣りとはかんけいなく」と言ってしまうことには、なんとなしの疑問はありますが、〈興味をもったらとにかくやっちゃう〉ことが、生物が生きのこる基本だそうです。まいっかと。ゆらぎっぱなしの編集部です。(編集部)

渡辺氏の後日談として、「釣り人と科学者は似ている。今年はフライフィッシングをはじめてみようと思っています」とのこと。
『フライの雑誌』第96号から
右:渡辺英治氏  左:川本勉氏
バーチャルプランクトン・システム解説。クリックでプレスリリースへ。
取材当日は雨天だったため、研究所の廊下でミニチュアロッドをつかってフライキャスティングのデモをする川本氏。渡辺氏も興味津々。
『フライの雑誌』第96号
『フライの雑誌』第96号