魚は侵略しない。─『帰化動物の生態学 侵略と適応の歴史』(宮下和喜)読後感

帰化動物の生態学 侵略と適応の歴史』(宮下和喜)は、1977年に講談社ブルーバックスから発売された。不勉強で今回初めてたまたま手にとって読んだところ、これがたいへん面白かった。

著者は農業技術研究所に長年勤めた、信州出身の農害虫の研究者。とりわけアメリカシロヒトリに突っ込んだということだ。本書でも、昭和の半ば世代には妙な懐かしさがある、アメリカシロヒトリの食害事例が頻出する。当時、日本中の樹がアメリカシロヒトリの気持ち悪い毛虫に丸裸にされちゃうって騒いでいた。丸裸にならなくてよかった。

本書のタイトルになっている「帰化動物」という呼び方は、現在、生物多様性保全をめぐる行政の議論の文脈では、まったく使われない。「帰化」には、社会の構成員として認めるニュアンスがあるからだろう。でも「外来種」や「外来生物」より、懐の深い言葉だと思うのだがいかがか。

そもそも、とある生物の存在を、そこに認めるだ認めないだなんだと、人間の勝手な損得の理屈に過ぎないことは、今さら言うまでもない。生物はいつもただ生きているだけである。人間も本来生きているだけの存在であるが、ときどき個体で勝手に死んだり、大量に殺しあったりする。そこが人間の人間たるゆえんである。人間はもっと謙虚にならないといけない。

『帰化動物の生態学』の副題、「侵略と適応の歴史」は、エルトン1958の『The Ecology of Invasions by Animals and Plants』(和題『侵略の生態学』川那部浩哉ほか訳1971)から引っ張ってきていると思われる。この〝侵略〟という言葉の使用には、1987年の時点で、著書『反生態学―魚と水と人を見つめて』のなかで、水口憲哉が鋭く異議を申し立てている。

以下、『帰化動物の生態学』からいくつか抜き出してコメントをつける。

戦勝国の軍隊は、わが国の法律を越えた存在であったため… 検疫は、一切行なわれはしなかったのである。まず最初に侵入してきたものは… アメリカシロヒトリである

魔魚狩り』(水口憲哉2005)所載の〝ブラックバスと進駐軍〟のエピソードを彷彿とさせて面白い。

現代は意識的あるいは無意識的な人間の働きによって、今まで自然の力だけによって形成されてきた… 地域的動植物相が、ゴチャまぜにされる傾向をたどりはじめた… まさに、全生物あげての国際交流の時代が始まっている

『The New Wild』(Fred Pearce 2015)の和訳本、『外来種は本当に悪者か? The New Wild 新しい野生』が2015年に日本でも話題になった。同書がキーワードで提示した「人新世」も「new wild」も、同じことを講談社ブルーバックスが、40年前にとっくに言っていた。

いかもの食いで、繁殖力が強く、しかも生活や繁殖のためにあまり特殊な条件を要求しないような動物が、〝帰化動物〟となり易い

ならば最強の帰化動物は人間。そして人間の天敵はやはり人間である。

『侵略の生態学』和訳が1971年、『帰化動物の生態学』が1977年、『反生態学』が1987年、『魔魚狩り』が2005年、『外来種は本当に悪者か?』が2015年。

『外来種は本当に悪者か?』の、今までに発表された中でもっとも長文の書評を、「『外来種は本当に悪者か?』を読み解く」と題して、水口憲哉が『フライの雑誌』第110号第111号の連載「釣り場時評」で2回にわたって書いた。第111号のタイトルは、「魚は侵略しない」である。

まさにタイトル通り。侵略するのは人間だけ。化学兵器を使うのも、ミサイルを撃つのも、教育勅語を暗唱させるのも、首相夫人のご意向を忖度するのも、人間だけである。

ところで、先日、編集部の雨漏りがあまりにひどくなったので、とうとう雨樋を修理することにした。

工事に来てくれた職人さんと世間話していたところ、こっちが釣り雑誌のひとだと分かっている職人さんが、「最近は外来魚があちこちにいるんですって?」と話題を振ってきて、私は答えに窮した。

…わけはなく、外来魚とは何かの定義から始めて、「そこの川にいるコイもニジマスも外来魚ですよ。」と、面白おかしく、分かりやすく解説した。すると職人さん、「なるほど。マスコミはいい加減だからねー。」。

二人で呵々大笑。

それにしても、40年前に出版された生態学の新書をわたしのような素人がたまたま手にとって面白がり、語りたがるのだから、出版という仕事は面白い。今から40年後、2057年の誰かが面白がってくれるような本を残したい。

『フライの雑誌』111号
帰化動物の生態学
春が来たからうちの池に「ゼンスイ ウォータークリーナー まりも」を導入した。みるみるうちにキレイになっていく池の水に驚愕。コスモクリーナー感にワクワクする。でもたぶん設置方法間違ってる。あとで直す。
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111号 特集◎よく釣れる隣人のシマザキフライズ とにかく釣れる。楽しく釣れる。Shimazaki Flies