図書室に『朝日のあたる川』の特設コーナーができました。

小社の今年のスマッシュヒット、『朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ』(真柄慎一著)が興味深い読まれ方、広がり方をしている。

小社は「フライの雑誌社」という名称から、初見の方にも「釣りに関係ある出版社だろう」と思ってもらえることが多い。「フライ」といえば「フライフィッシング」を指すことの世間的な認知度は、ほぼ100パーセント近くなったのではないか。とはいえ、いまだに「フライといっても揚げ物のフライではない」というような、もはや食傷気味な枕詞もまだまだ多いのではあるけれど。

「名前は釣り関係のくせに釣りにこだわらないで時々ユニークな本を出す版元」というのが、目指す立ち位置だ。

『朝日のあたる川』はその存在を知ってさえもらえれば、世間様から広く評価されると確信していた。そこで、出版前にまず案内チラシを100万枚印刷した。そして各マスコミと関係諸機関、著名人にプレスリリースをダイレクトメールで送った。その数あわせて10数万通。「もうすぐこんな面白い本が出ますよ、こっち見てくださいよ」というわけだ。(数字は水増し)

最初に注目してくださったメジャーどころは、紀伊國屋書店さんの「書評空間」だった。以降『朝日のあたる川』は〈紀伊國屋書店「書評空間」選定図書〉という、いかにも信用がありそうな称号を勝手に名乗らせてもらっている(評者の山形出身の四釜裕子さん、あざーッす)。紀伊國屋の神通力のおかげで、翌月には読売新聞さんの書評欄に、さらに続けて毎日新聞さんの日曜書評欄にドドンと紹介された。いわば〝身内組〟の「Flyfisher」さん、「ルアーマガジンリバー」さん、「釣道楽」さんにも好意的に掲載していただいて、持つべきは釣り友だと勝手に感動した。

さてここさいきん、新聞書評の影響力が落ちてきていると出版界では言われている。以前のように書評に出たから即増刷なんて今はありえない。とはいえ、小社のような版元にとって新聞書評への採用は涙が出るほどうれしい。ネット社会だからといかにウェブサイトを充実させたとしても、アクセスしてもらえなければ無存在と同じだ。その点、不特定多数の数百万人の購読者へ勝手に送りつけられるかたちの新聞書評は、これまでまるで接点のなかった読者層にこちらの思いが届く機会を与えてくれる。

『朝日のあたる川』には、新聞書評を読んで購入したという読者さん数人から、編集部へ「よかったですよ」という感想のハガキをいただいた。たった数人というなかれ。本を読んでハガキを買って感想を書いてポストへ投函するという行為が、どれだけパワーのいることか。編集部がそれらのハガキを著者の真柄慎一氏へ転送したところ、いたくお喜ばれになられたのは言うまでもない。「おれ、お礼書くっす。」と力強くうなずいていた。著者から味のありすぎる手書きの礼状が折り返し届いて、びっくりされた方もいらっしゃるかもしれない。そういう男なんです。

そんな中、真柄慎一氏の故郷である山形県最上町の『広報もがみ』に、『朝日のあたる川』が紹介されるというサプライズが起こった。なんと著者近影入りである。しかも釣り姿だし。それが故郷に錦を飾ったことになるのかどうかは分からない。

そして先々週は、著者の出身校である最上町立最上中学校の校長先生から依頼を受け、図書室へ『朝日のあたる川』3冊を寄贈した。どうも山形つながりが多い。わざわざ校長先生から、ていねいなお礼のハガキをいただいた。〝全校生徒にも話をして図書室にも特設コーナーを設置し、先輩の著書として紹介しております。〟ということだ。特設コーナーだって!

秋も深まりつつある最上町。肌寒くなりはじめたそよ風にサラサラと揺れるポプラの樹が窓から見える、放課後の図書室。届いたばかりの『朝日のあたる川』を我先に手にとって読みふける、最上中の少年少女たちの姿が目に浮かぶ。

「真柄さんは東京の中野っていう町にある串焼き屋で修行してたんだね。」
「すてきな友達が多いってうらやましいな。釣り具ももらったって。」
「フライフィッシングって面白そうだ。やってみたいな。」
「親は大事にした方がいいことが分かった。」
「エミに惚れたぜ、おれ。」(なぜか呼び捨て)
あるいは、
「いつか僕もひろい世界へ自由な旅に出るんだ。」
「私もよ、ノブくんと一緒に。」
「ユウコちゃん! それって…。」

といった会話が交わされているのだろう。青春っていいなあ。

というような妄想にふけっていたら、つい昨日、今度はYahoo!ニュースに『朝日のあたる川』が掲載された。毎日新聞書評からのリンク紹介だ。やはり新聞書評はつよい。影響力落ちてるなんて言ってごめん。

こうして見知らぬ人たちとの輪が思いもかけずにひろがっていく。

『朝日のあたる川』は、まだ初版在庫に余裕があります。(それが落ちですか)