いまや銀座を歩くとプラダだのエルメスだのシャネルだのといった海外の有名ブランドの巨大な旗艦店がメインストリートにずらずらと軒を連ねており、ここはパリのセラーノ通りかと見間違うほどだ(行ったことないけど)。どこの店の入り口にも気取ったドアマンが立っている。新宿あたりのホストとたいして変わらないご面相のもいれば、しばし観察したくなるような美しい青年もなかにはいる。
もちろん私は彼らに一度もドアを開けてもらったことはない。むかしとある事情でそういった店に入らざるを得なくなったときは、にこやかにドアを開けて招き入れてくれようとした上品なドアマンを、「いえいえいえいえ、いいです、いいですって!」と、必死の思いで制止して自分でよいしょとドアを開けた。「入れますって!」。私の連れがあたしこの人と関係ないもんねといった顔をしてスーッと離れていったのを覚えている。君のためにこんなところへ来たんだよ。
英国の(なぜか「イギリスの」とか「UKの」ではだめ。)Hardy社は、フライフィッシング業界最古で最後のブランドらしいブランドと言える。基本的にブランド志向はないのだが、Hardyだけはちょっと別だと、少しうつむき加減に告白したい。伝統とか歴史とか文化とか、あるいは職人一筋といったワードには、正直言ってかなり弱い。「フライの雑誌」の編集でもそんな個人的趣味が出てしまうときがあって、それを面白いと言ってくれる同志に会うと背中をバンバンと叩きたくなる。
DVD「The Lost World of Mr. Hardy」はHardy社の歴史を正面から取り上げたドキュメンタリーだ。発売元のPRは次の通り。
制作は英国のTrufflepig Films社。一年をかけ、現在のハーディー経営陣や社員を始め生存している過去の役員、社員、職人にインタビューを行いました。また、取材中、カラーフィルムが製造し始められた第二次世界大戦直前に撮影されたと思われる貴重なフィルムが見つかりました。フィルムのクリーニング、デジタル化が成功し、制作中のフィルムに追加されることになりました。撮影は720Pのハイビジョンで行われ、日本語を含む5カ国語の字幕が用意されます。(Andy Murray Societyウェブサイトより)
先に公開されていた予告編がすばらしく格好よかったので、完成品を楽しみにしていた。全編期待通りの内容と仕上がりで、自分がカフェをやっていたらぜひBGVで流しっぱなしにしたい。もっとも印象的だったのは、20世紀初頭と思われる英国の川で実際にフライフィッシングでアトランティック・サーモンを釣っているシーン。見事なキャスティングからプレゼンテーション、ドリフト、ヒットの瞬間、ファイト、ランディング、プリーストでサーモンの頭をひっぱたくまでを撮りきっている。巨大なサーモンのかかったフライロッドを抱えた釣り師とギリーが川岸を走り回っている姿には興奮する。約100年前の映像だ。
語り部役のJim Hardy氏のモゴモゴとした喋りが作品全体の落ち着いたトーンを決定づけている。安っぽいピコピコ音楽をバックに「どうだ!どうだ!」と魚を釣りまくるような気品という言葉とはほど遠い極東の国の釣りDVD事情を思い出して、彼我の文化成熟度の違いをちょこっとだけ感じてしまうのである。