「コンコン」「ドア開けて」

「前の車、山形ナンバーの◯△□×、路肩に停まりなさい。」
僕はそのまま従い、車を停めた。警察官が車から降りて近づいてくる短い間に、色々な言い訳を考えた。まっすぐな一本道でひとつ先の信号だと思ったとか、もう時間が深夜なので黄色の点滅で〝注意して渡れ〟だと思った、など。
これではダメだなと、一度は諦めて素直に謝ろうと思ったが、
「コンコン」「ドア開けて」
と警察官に言われてウインドゥを手でゆっくり回し
「なにかしたぁ?」
と強い口調で言ってしまった。
作戦は強気で〝まだ黄色信号だった〟に変更した。
「なにかしたじゃねぇよ。こっちは二人で見たんだぞ、完全に赤信号だったじゃないか。」
「はぁ。まだ黄色だったって。時間が時間だしパトカーの中で寝ぼけてたんじゃねぇの。」
「なんだと、お前。まず車から降りてパトカーに乗れ。」
「なんにもしてねぇのに乗れないな。」

いきなり切迫した状況だが、これは『フライの雑誌』に人気連載中の、「春夏秋釣」(文・真柄慎一氏)の次号掲載分の一部。いつもにまして面白い。

もらった生原稿をキーボードで打ち込みながら(真柄氏は手書き原稿の数少ない生き残り)、飲んでいたコーヒーを液晶のモニタにブーッと吹いてしまった。飛び散ったしずくを拭き取りながら思った。「こいつはオバマ級の原稿だ」。

2月25日発行予定の『フライの雑誌』第84号に期待してください。