〈トラウト・フォーラム〉のしごと 01

『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.19(2001年発行)
巻頭インタビュー

トラウト・フォーラムは日本で初めての「マス釣り人のための全国ネットワーク」だ。1990年の設立以来、日本のマス釣りを未来へ受け継ぐための様々な活動の先頭に立ってきた。2008年3月に当初の活動目的を達成したとして解散した。今ある日本のマス釣り場の姿が形成されるまでに、トラウト・フォーラムが果たした役割は大きい。

『フライの雑誌』はトラウト・フォーラムの立ち上げから誌面を提供し、外部の広報媒体として協力してきた。筆者(堀内)はトラウト・フォーラムの会報誌『TROUT』及び『トラウト・フォーラム・ジャーナル』の編集に1993年から関わっていた。トラウト・フォーラムの活動記録をアーカイブしておく意味で、フライの雑誌社ウェブサイトにおいて今後、『トラウト・フォーラム・ジャーナル』のバックナンバーから興味深いと思われる記事を随時紹介してゆきたい。

今回は『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.19巻頭のトラウト・フォーラム事務局、木住野勇氏へのインタビューを掲載する。2000年代初頭の日本のマス釣り場で一大ブームになった「キャッチ・アンド・リリース」についての考察だ。

12年前のインタビューを現在の日本のマス釣りシーンと引き比べて、読者の皆さんはどのような感想をお持ちになるだろうか。

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11年目のトラウト・フォーラムがつかんだもの

Interview 木住野勇・・・・・トラウト・フォーラム事務局長
ききて 堀内正徳・・・・・トラウト・フォーラム・ジャーナル編集室

(※これは2001年4月に収録したものです。)

 最初に、諸般の事情により「トラウト・フォーラム・ジャーナル」が前号からほぼ一年ぶりの発行となってしまったことをお詫びし ます。トラウト・フォーラム会員には「トラウト・フォーラム通信」(以下「通信」)などで随時報告しているように、日本の釣り場 をとりまく情勢は確実に変化しつつあります。2001年度でトラウト・フォーラムは設立11年目を迎えるわけですが、設立当初の釣り場 の状況を現在から振り返ると、まさに隔世の感があるといえます。

 今回「トラウト・フォーラム・ジャーナル」を発行するにあたり、過去6年間合計26号の「通信」をもう一度通読し、これまでのト ラウト・フォーラムの流れを把握し直しました。その上で、今後のトラウト・フォーラムの活動テーマと方向性を考えてみます。

 トラウト・フォーラム設立当初は、日本の釣り場状況が荒廃しきる前に、世論なり釣り場を取り巻く仕組みなりにアピールできる、 何らかの目に見える実績を作り、足場を固めることが、第一の目標でした。例えば、トラウト・フォーラム会員の仲間が各地で集まっ て、こまめなミーティングや自主的な活動を繰り返していく「プロジェクト制度」は、釣り人どうしが仲間意識を育てながら具体的な 目標を共有するという、それまでの日本の釣り人サークルにはなかった新しいスタイルを作り上げました。

 その後トラウト・フォーラムとして各種のセミナーや調査を開催し、前例と実績を重ねていくうちに、釣り場をとりまく大きな仕組 みのなかの、どこにトラウト・フォーラムが関われば、より効率的により大きな影響を及ぼすのかが分かってきました。つまり各地で 活動を続けていく上で、国や県といった行政と折衝する機会が増え、そういった行政機関の中心に関わる作業が、釣り場を根本的に良 くするためにはどうしても欠かせないことが明らかになりました。そして、釣り人の声を集めて行政に交渉する窓口としては、トラウ ト・フォーラムという全国ネットワークが最適であることも分かりました。

 ここ二年ほどトラウト・フォーラムは、トラウト・フォーラムが直接関わり、ある地域の特定のテーマを推進していく形式の活動は 行っていません。直接どこかの釣り場を変えていくのではないけれど、釣り場をよくしたいという私たちの共通の願いを、誰にでも分 かりやすくより広い範囲に報せることができる方法として、トラウト・フォーラムはこれまで釣り場に関わるビデオを4本制作してき ました(※会員の皆さまにはVTR発行の都度お知らせしていますが、それぞれの内容の詳細は後頁にもう一度まとめて紹介ました)。

 トラウト・フォーラムの有志会員が企画から撮影、編集までをボランティアで担当したこれらのビデオは、トラウト・フォーラム事 務局から、各地の水産試験場や行政(県の内水面水産担当など)に、無料で送付しました。釣り場をよくするためには、水産試験場と 行政とは本来密接に関係していなくてはならないのですが、公的機関どうしの横のつながりはほとんどないのが現状です。ですから、 トラウト・フォーラムがその橋渡しのような役割を果たさざるを得なかったのです。

 いわば私たち釣り人の側から、釣り場を管理する側へ勝手に送りつけた形のこのビデオでしたが、その反響は予想以上でした。例え ば「寒河江川」のキャッチ・アンド・リリース区間を紹介する作品では、(私たち釣り人にとってみれば、新しい釣り場の管理システ ムが生まれたことの二次的な現象ではありますが)キャッチ・アンド・リリース設定による地域地元への「経済効果」にいくつかの地 方行政が興味を示し、事務局への問い合わせが相次ぎました。結果、いまでは釣り人が集まることによる「経済効果」を狙ったキャッ チ・アンド・リリース区間が、各地に続々とできているのは周知の通りです。良い釣り場が欲しい、自然再生産の川が欲しい、という 私たち釣り人の本来の趣旨との兼ね合いは別にしても、ひとつの成果であることは確かといえます。

 また、イワナの「人工産卵場」を扱ったビデオでは、とある県の水産課から、県内のイワナを漁業権魚種に指定している各漁業協同 組合にこのビデオを配布したい、との要望が事務局に届きました。現在、漁協の義務である「増殖事業」は種苗放流(養殖した稚魚、 成魚の放流)によるものがほとんどですが、「人工産卵場」というアイデアを採り入れることで、より自然再生産に近い、新しい増殖 方法の発想が生まれたといえます。トラウト・フォーラム事務局では、さっそくこのビデオを10本無料で送付しました。ビデオは県が 漁協を指導する勉強会の教材として活用されているということです。

キャッチ・アンド・リリースの中身を問い直すことで、 次のステップに進むことができます。

さて、キャッチ・アンド・リリースの話題が出たところで、トラウト・フォーラムが設立当初の当面の目標に掲げ、実際にこの数年 で各地の河川へ相次いで導入されているキャッチ・アンド・リリース区間について、なぜ私たちが「キャッチ・アンド・リリース」を 提唱してきたのかを、もう一度考えたいと思います。

 これまでは、釣り場にあまりにも魚がいませんでした。そして釣り場の管理者(漁協)に、川に魚が残るような管理システムにして くれ、と言っても改善が難しかった。そこで私たちは、釣り人側の「自主規制」として、魚を釣っても持ち帰らずに放せば、少しでも 釣り場に魚が残り、次に来たときも釣りを楽しめるだろう、ということで、キャッチ・アンド・リリースを推進してきたのだと思いま す。いわば私たち釣り人の「ガマン」がキャッチ・アンド・リリースのはじまりでした。

 トラウト・フォーラムがバックアップした山形県寒河江川を皮切りに、現在は全国で30以上を数える河川にキャッチ・アンド・リリ ース区間が設定されています。実際に、キャッチ・アンド・リリースを実行することにより、川に魚が残り、一部の釣り場では再生産 も期待できるようになってきている。これはキャッチ・アンド・リリースの効果そのものが疑問視されていた、トラウト・フォーラム の設立当初からくらべると格段の進歩です。

 しかしながら、ここでもう一度よく考えてみると、いま各地で釣り場の管理者(漁協)が「キャッチ・アンド・リリース」を釣り人 に”お願い”していますが、釣り場の管理システムそのものは、実は管理者サイドからは、ほとんど変えられていないのが現状ではな いでしょうか。釣り場をよくする一つの方法論だったはずのキャッチ・アンド・リリースが、近年はいつのまにか一人歩きをして、キャッチ・アンド・リリースを導入すればすべてが丸く収まる、という誤解に結びついてしまう傾向があるように思います。

 九州の五ヶ瀬川では、成魚放流を一切行わないという方針のもとで、今年2001年度からキャッチ・アンド・リリース区間の設定を宣 言しました。地元河川固有の親ヤマメから採卵した稚魚のみを放流し、将来的には固有ヤマメが自然再生産する釣り場を作ることを目指しています。これなどはいい魚を残し、育てていくための、より長期的で根本的な視野に基づいたキャッチ・アンド・リリースの導 入であると言えます。「いい魚を釣りたい=自然再生産の川を残したい」という点から、釣り人としても非常に共感できるコンセプトです。

 都市近郊の河川で近年、一匹の魚を複数の釣り人が分け合うためのキャッチ・アンド・リリースが増えています。たくさんの成魚を 放流し、釣っても持ち帰らないことにより安い入漁料で、河川を釣り堀的に利用していこうという発想でのキャッチ・アンド・リリースです。釣り人が密集している地域での釣り場では、こういった河川の利用もたしかに必要なことではあります。しかし、自然再生産 を期待できる包容力を持った河川で、養殖された成魚の放流による釣り堀的なキャッチ・アンド・リリースの釣り場が作られるような 状況は、ナンセンス以外の何ものでもありません。

 釣り人側からの歩み寄りで始まったキャッチ・アンド・リリースですが、キャッチ・アンド・リリースという発想が一応は根付いた 今、私たちは、キャッチ・アンド・リリースの中身を問い直す時期にきています。自然再生産が期待できる美しい釣り場であるにもか かわらず、釣れる魚はすべて成魚放流された養殖魚で、その魚を持ち帰ることは許されず、しかも同じ釣り人から常に監視されている ような釣り場は「気持ちの良い釣り場」とは言えないでしょう。

 これからはもう「キャッチ・アンド・リリース万歳」ではなく、釣り人は釣り人の立場に戻り、管理者側に釣り場のより本質的な質 の向上を求めていく必要があります。海外の評価の高い釣り場の例を見ても、釣り場の管理システムは、決してキャッチ・アンド・リリース一辺倒ではないのは言うまでもありません。

 現状の日本の河川・湖沼の管理制度は、圧倒的多数を占める私たち釣り人のためではなく、一部を除きほとんど実体のない「漁業者 」のために作られています。河川や湖沼のほとんどは漁業をするための「漁場」であり釣り人は漁業権者(漁協)にお金を払って釣り をさせてもらっている弱い立場です。

 仮に日本の現行制度のままでキャッチ・アンド・リリースが規則化されるとすると、それはどちらかというと「釣り人のため」では なく、「管理者の都合」による規則化です。釣り人の行動を規制する遊漁規則にキャッチ・アンド・リリースが組み込まれることは、 今の制度下では必ずしも釣り人の権利の向上に結びつくことではないでしょう。

 私たち釣り人の存在が、日本の内水面管理制度のなかであまりにも小さなものにされてしまっている、というゆがんだ状況が、釣り 場を巡るあらゆる問題の底辺に位置していることを、私たちはこの11年間の活動で学んできています。最終的に私たちが求めているも のは、私たち釣り人の存在が法律上でしっかりと明文化され、よい釣りを楽しむ権利を主張できることです。現状に合っていない制度 そのものを変えていかないと、問題の根本はいつまでも解決しません。

 トラウト・フォーラムは2000年に「マス類を漁業権魚種とする漁協と漁場の一覧リスト」を制作し、行政の各方面に配布しました。 これは釣り人側から管理者への歩み寄りの一環です。歩み寄ると同時に、私たちは釣り人の立場で、釣り場の管理者に対して幅広いこ とを発言できます。例えば釣りに行く前に現地の漁協に電話を掛けて、遊魚券の売り場を確認したり、遊魚規則を確認することから始 めましょう。今は弱い立場でも、そういった釣り人としての声をわずかずつでもあげていくことが、将来的にきっと実を結んでいくに 違いありません。11年目を迎えたトラウト・フォーラムにはその確信があります。   (談)

<2001年4月5日・新宿にて収録 聞き手・構成/堀内正徳>

初出:
『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.19(2001年発行)

TFJ

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