『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.18(2000年発行)
木住野勇氏 インタビュー より
トラウト・フォーラムは日本で初めての「マス釣り人のための全国ネットワーク」だ。1990年の設立以来、日本のマス釣りを未来へ受け継ぐための様々な活動の先頭に立ってきた。2008年3月に当初の活動目的を達成したとして解散した。日本のマス釣り場の今ある姿が形成されるまでに、トラウト・フォーラムが果たした役割は大きい。
『フライの雑誌』はトラウト・フォーラムの立ち上げから誌面を提供し、外部の広報媒体として協力してきた。筆者(堀内)はトラウト・フォーラムの会報誌『TROUT』及び『トラウト・フォーラム・ジャーナル』の編集に1993年から関わっていた。トラウト・フォーラムの活動記録をアーカイブしておく意味で、フライの雑誌社ウェブサイトにおいて今後、『トラウト・フォーラム・ジャーナル』のバックナンバーから興味深いと思われる記事を随時紹介してゆきたい。
今回は『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.18巻頭のトラウト・フォーラム事務局、木住野勇氏へのインタビューを掲載する。日本にキャッチ・アンド・リリースの釣り場をつくったらどうなるだろうか、という初期のころのテーマから脱皮して、新しい方向性へと舵を切りつつあったころの、リアルな証言である。
インタビューの最後で、「いま栃木県の水産試験場が、人工産卵場についての研究を進めています。」と言っていることに注目してほしい。『イワナをもっと増やしたい!』で広く知られるようになり、今ではすっかりおなじみになった「渓流魚の人工産卵場」の話題が公になったのは、このインタビューが日本で初めてだった。
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トラウト・フォーラムの実力は、確実にアップしています。
インタビュー トラウト・フォーラム事務局長 木住野勇
聞き手 堀内正徳
(※これは2000年に収録したものです。)
─ 今年でトラウト・フォーラムは設立十年目を迎えます。設立当初から比べると、日本の鱒釣りの状況は明らかに変わりました。トラウト・フォーラムは「よりよい釣り場作り」を活動の理念に据えているわけですが、それを実現する手順として様々な方策を推進してきました。キャッチ・アンド・リリースの釣り場作りもその一つです。
以前は言葉の意味を理解してもらうだけでもたいへんだったのに、今や全国の随所に実際にキャッチ・アンド・リリースの釣り場が実現し、逆に漁協や行政から釣り人側に、キャッチ・アンド・リリースの釣り場を作るための相談が持ち込まれる状態です。また、トラウト・フォーラムが直接関わらなくても、各地で釣り場に関するセミナーなどが活発に開催されるようになってきています。これらは、社会に対する釣り人の発言力が高まってきたことの現れと も言えるでしょう。
で、トラウト・フォーラムが具体的に関わる活動はというと、『トラウト・フォーラム通信』で随時報告されているように、とくにこの一二年、特定の地域の 釣り場作り(キャッチ・アンド・リリース区間の設定など)よりも、漁業制度、行政制度を釣り人の視点から見直そうという方向に、活動の焦点が移行してきています。この変化について、事務局の立場から説明してください。
木住野 活動のスタイルが変わった理由の一つには、以前とは比較できないほどに、トラウト・フォーラムの知名度が上がってきたことが挙げられます。以前は シンボル的なテーマがないと、釣り人が発言できるチャンスがなかった。なにも素地がない状況でしたから、無理にでも花火をあげる必要がありました。それがキャッチ・アンド・リリースであり、セミナーなどであったわけです。それが、年を経るごとにケーススタディが増えノウハウも蓄積され、トラウト・フォーラ ムが直接関わらなくても、各地で釣り人の自主的な活動が行われるようになりました。
そうなってはじめて、釣り人にとってより根本的な問題に、トラウト・フォーラムとして取り組むことができるようになりました。つまりそれが、漁業制度の 釣り人の視点からの変革です。制度自体が変わらないと、せっかくがんばって局地的に「よい釣り場」を作っても、けっきょくは対症療法のようなモノで終わってしまう。そうではなくて、現状の「漁場」、つまり私たち釣り人からすれば 「釣り場」をよくするために、制度そのものを釣り人側に向けていくことが、大切なんです。「釣り人の権利」を実際に制度としてカタチにしようじゃないか、そのためにトラウト・フォーラムのネットワークを活かそうじゃないか、という ことです。
─ 具体的にいうと、どのようなことでしょうか。
木住野 今の日本の漁業制度のもとでは、たとえば私たちが釣り場管理に関する 貴重なデータを入手できたとしても、それを伝える窓口がありません。あるいは 単純に、釣り人が釣りに出かけるときに、都道府県単位で釣りのルールをとりまとめている機関がないために、その釣り場のルールを聞くべき相手がいない。つまり、いったい誰が「釣り場」を管理していくのかが明らかでない。釣り人が 「釣り場」をよくしたいと考えたときに、それをどこに言っていけばいいのかを、私たち釣り人自身が考えなければならない時期にきていると思います。そういった窓口を作ることに私たちが関わっていかなくてはならない。
これまで日本の内水面においては、私たち釣り人の存在は、制度上ほとんど無 視されているに等しいのです。全国に一千万人以上いるとされる釣り人が、法律上はほんのオマケにすぎない。逆に言えば、制度が変われば、釣り人の立場が劇的に向上するのは間違いない。そして、そういった活動にこそ、トラウト・フォーラムが携わるべきだと思います。昨年、水産庁の内部が主催する勉強会に、トラウト・フォーラムのメンバーが要請されて参加しました。
また、各地の地方自治体から、釣り場作りに関してのアドバイスを求められることも最近は少なくあ りません。トラウト・フォーラムは、日本の内水面の釣り場を変革させていくシーンの中で、年を追うごとに着実に発言力と存在感を増しています。
釣り人への窓口として都道府県の水産課が果たす役割に期待しています。
─ 例えばどのような機関が釣り人への窓口になりうる可能性があるのでしょうか。
木住野 トラウト・フォーラム事務局はここ数年、実際に釣り人の側に立って、より良い釣り場管理を進めてくれる公的機関がどこが適当なのかを検証してきました。各都道府県単位で釣り場を管理できる可能性がある機関を考えると、水産試験場、都道府県の水産課、都道府県の漁業組合連合会(漁連)などがあげられ ます。この中で、各漁協には漁連へ未加入の組合もあるので、漁連が中心になることは難しい。本当は水産試験場がもっと遊魚のために関わってくれるのがいいのですけれども、現状の制度では水産試験場が釣り場の管理のためにあれこれで きる状態ではない。
その他、色々な要素を考えると、釣り人に対する窓口には、都道府県の水産課がもっとも適しているのではないかと考えています。たとえ ば、私たちが、漁業権のない釣り場に出かける際に、釣りのルールをどこにたず ねるかと言えば、都道府県の水産課しかありません。釣り人は釣りをする際に、漁業権があるないに関わらず、各都道府県の内水面漁業調整規則を守らなくてはなりませんが、その規則を管理しているのは都道府県の水産課です。釣り場を担当する機関がない以上、もっとも近いスタンスにある既存の機関が代行するのが妥当でしょう。ですから、都道府県の水産課には、トラウト・フォーラム事務局としても、一釣り人としても、今後、非常に期待感をもっています。
ここ数年ずっと、行政はことあるごとに、今の「内水面漁業」は釣り人の存在を抜きにしては考えられない、と発言しています。にもかかわらず、行政から釣り人に向けてのサービスはあまりに少なすぎる。都道府県によっては「遊漁のしおり」のようなものを出版しているところもありますが、多くの都道府県の場合、都道府県内の「漁場」を説明する文書は、一般の釣り人にとっては、ほぼ理 解することが不可能に近いような代物です。漁業権を許可するための資料が基本ですから、一般の釣り人に分かりやすい必要はないんですね。
─ 今の状態を変えるために、釣り人が具体的にできることはありますか。
木住野 トラウト・フォーラムでは、各地のトラウト・フォーラム会員からの協力を得て、今年度、「全国の漁協と漁場の一覧リスト」を作成しました。この冊 子は2000年度のトラウト・フォーラム会員に配布されます。交通網が発達して、釣り人があちらこちらの釣り場に出かけている状態なのに、「どの漁協がどこの川や湖を管理しているか」を、全国的に網羅してまとめた資料はどこにもありません。
釣り人がある釣り場に行こうとしても、わざわざそこを管理する漁協を探して、問い合わせて、現地で遊魚券の売場を探さなければならなかった。都道府県の水産課に聞いても、先ほども言ったように、一般の釣り人には分からない答えしか出てこないケースが多かったのです。この「全国の漁協と漁場の一覧リスト」は、まだまだ完成度は低いかもしれませんが日本初の全国版の資料です。
─ そのような資料は、本来であれば公共の機関が作成するべきものですよね。
木住野 そのとおりです。でも今の日本には漁場ではなく釣り場という発想で川や湖を管理する公的機関がなにもない。このまま放置しては、悪くはなっても良くなることは永久にありません。だから、私たち釣り人の方から、自分たちはここまでできるよ、と作成したということです。いわば利用する側から管理する側 へ歩み寄ったのです。こういった資料を自ら作成することが、自分たち釣り人は釣り場に関してこれこれこういうことを求めているんだ、というニーズを各方面にアピールするための第一歩になります。
今、全国には、マス類を対象にしているところだけでも700近い数の内水面漁 業協同組合があります。これらの漁協がそれぞれ管理しているる釣り場のデータ(川や湖の名称、エリア、対象魚、遊魚規則など)をすべて調べるのは容易なことではありません。しかも、データは変わる可能性があります。今後この「全国の漁協と漁場の一覧リスト」の精度を高め、更新していくには、トラウト・フォーラム会員の全国に広がるネットワークの力がぜひとも必要です。会員の皆さまは、ぜひいつも行っている釣り場のデータを事務局まで教えてください。このような活動は一見地味ですが、私たち釣り人の発言力を向上させ、結果としてより楽しめる釣り場を作るために、とても有効な活動です。
そもそも「漁場」なんて言っていますが、内水面の場合、生活のための職漁が行われている場所は限られています。職漁がまったく行われていないエリアにも 漁業権があり「漁場」という発想で各漁協に川や湖の魚の管理が任されていること自体、一般の釣り人ばかりか、本当に職漁を行っている人にとっても良い状態 ではありません。職漁を行う場は「漁場」、リクレーションのための釣りを行う場は「釣り場」として、それぞれを別々のシステムで管理する必要があるのではないでしょうか。
トラウト・フォーラム・ビデオの第三段を近々にリリースします。
─ トラウト・フォーラムとして2000年度には他にどのような活動を予定していま すか。
木住野 トラウト・フォーラムは、魚の再生産ができる釣り場を作りたい、ということを活動目標の一つにおいています。再生産ができる釣り場を作るために、キャッチ・アンド・リリースをして魚が残る釣り場を作ることが第一段階だとすれば、その残った魚をどう活かすか、が第二段階になります。
いま栃木県の水産試験場が、人工産卵場についての研究を進めています。川底が荒れていて、通常では自然産卵ができないような場所でも、人工産卵場を作れば、自然産卵ができる。そのことをデータをとりながら実証していく研究です。もちろん、どの川でも人工産卵場を作ればいいというのでは決してありません。残った魚を再生産させる一つの方法として、こういう発想もあります、ということです。
トラウト・フォーラムは、栃木県の了解を得て、この人工産卵場研究の状況を ビデオに収め編集する作業を進めています。場所の選定から大きさ、作るタイミング、効果などを釣り人の視点から具体的に映像に作り上げていく作業です。このビデオをトラウト・フォーラム・ビデオの第三弾として、関係各方面に配布していく予定です。
これまでは、各都道府県単位でせっかく様々な研究をしていても、その成果を他の都道府県に伝える媒体がありませんでした。横のつながりがないために、充分にデータを生かせない。だからその役割をトラウト・フォーラムが担おうということです。水産試験場は県の機関ですから、そこの研究に釣り人個人が関わろうとしてもできません。トラウト・フォーラムという固まりがあったからこそ、こういったビデオ収録が実現しました。
また、このようなビデ オ制作は、営利目的ではおそらく収支が取れないでしょう。会員の会費で運営され、会員の積極的な労力の提供が得られるトラウト・フォーラムだから可能になったことです。どこそこの特定の釣り場のシステムを変えよう、という活動とは別の次元で、魚を増やしたいという思いは、釣り人なら誰しもが共通して持っているものです。そのための一つの試みをトラウト・フォーラムが広報するのはとても有意義なことだと思います。
最近トラウト・フォーラムの活動が見えにくくなったという声を耳にすることがあります。たしかに花火を打ち上げてとにかく実績を作ろうという以前のスタンスから考えると、今は表に出てくる情報は少なくなっています。けれど実際は、トラウト・フォーラムは以前とは比較できないほどに、実力を増しています。釣り人の意見団体としての機能もはるかに強力になっています。
『トラウト・フォーラム通信』には掲載されない情報が実は非常に多くあります。水面下でとても活発に物事が推移している状態です。事務局としての作業量もかなり多くなっています。会員がなぜ会費を払ってトラウト・フォーラムに参加しているのかを考えると、会費を払うことで目に見えるサービスを受けたいというより も、総合的に釣り場の全体が良くなる方向に向かうことにおいて、会員自身に結果がフィードバックされてくることを期待されているのだと理解しています。
事務局を預かる立場としては今はきつい状態ですが、この時期を越えないと、次の段階に向かえないと考えています。どうぞ今後も会員の皆さまのご協力をよろしくお願いします。
(聞き手・まとめ/トラウト・フォーラム・ジャーナル編集室 堀内正徳)
(※これは2000年に収録したものです。)
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初出:
『トラウト・フォーラム・ジャーナル』vol.18(2000年発行)