『フライの雑誌』第99号の特集◎はじめてのフライロッド!の巻頭企画は、「市販フライセット振り比べ オフト/ダイワ/ティムコ/アキスコ ぶっちゃけ座談会 で、どのセットがいちばん使いやすかったですか。」だった。
フライキャスティング初心者2人が、各社のフライセットを初めて手にして管理釣り場へ行き、上手な人の指導のもと釣りをして魚を釣りまくった後、近所でお茶をしながら各セットの感想を好き勝手に述べあうという、小誌ならではの無茶企画だ。予想通りたいへん評判がよかった。
取材に協力してくれた2人のうちの一人、フリーライターの稲垣宗彦さんが、小社刊行の単行本『宇奈月小学校フライ教室日記』を読んでくれて、素敵なレビューを個人のFacebookに書き込んでくれた。ご本人の了解を得て、下に紹介します。
稲垣さんには『フライの雑誌』の次号第101号記念号で、17ページぶち抜きの第3特集記事を丸ごとお任せしています。こちらもどうぞご期待ください。
「ヒロシは、教室の掃除で集まった埃をダビング材に使った。リアルさが評判になったが、かなりの決意がないと唾液で湿らせられないのが欠点だった。」
――本文102ページより本村雅宏・著「宇奈月小学校フライ教室日記」(フライの雑誌社)からの一節だ。思わずクスリとほほが緩んでしまった部分。
購入履歴を掘り返してみたら、2013年2月17日だった。そうか、買ってから放置したまま、もう1年になろうとしてたのか。思うところあって、読むなら今かな、と、一気に読み切った。
富山県を流れる黒部川のほとりで、フライフィッシングを通じて子供たちと触れ合った著者が見た光景を綴ったもの、いや、著者のもとに集まってきた子供たちの記録、というべきか。
子供たちはフライフィッシングを知ることで、自分たちの目の前を流れる黒部川との精神的な距離を縮めていくのだが、描かれているのはそれだけでなく、治水工事で姿を変え、ときにダムからの排砂で壊滅的ダメージを受ける黒部川の記録でもあるし、また、流域に住む人々の山や川との関わりかたそのもののだったりもする。
9年という長い年月のあいだに本村氏が見て来たもの、そこで得たものが、短く簡潔な文章でテンポよく綴られていくのだ。
著者の本村氏は以前からフライを嗜んでいたのではなく、初心者に近い状態から、自身にフライを教えてくれた友人とともに、子供たちにフライを教えていく。おそらくは、だからこそ「フライ教室」はよいスタートが切れたのだろう。
どの話題にしても共通しているのが、筆者と対象となるものの距離感。子供たちにフライを教えるにしても、黒部川の排砂を憂うにしても、入れ込みすぎることなく、ある一定の節度を持って描かれている。このことが、子供たちの姿や行動をはじめとする情景のディテールをより鮮明にしているように思う。
もともと「フライの雑誌」の連載記事だったそうだ。この雑誌に掲載されている大半の記事がそうであるように、この本もまた、フライフィッシングをやらない人にもじゅうぶん楽しめる内容になっている。
描かれているいくつかの川へは実際に行ったことがあって、自分が見たいくつもの風景が脳裏に甦ってきたというところも、個人的に楽しめたポイントだった。素敵な場所なんだ、富山のあの辺り。
最後にもひとつ、あぁ、言われてみればそうだった、とうならされた一節。
「子どものロッドは、所有者の名前で語られる。ヒロアキのロッドである。それが本当なのだろう。ダイワのロッドだから釣れたのではなく、釣ったのはヒロアキで、彼のロッドにはダイワと書いてあるということだ。」
――本文172ページよりブランドばかりに目が行っちゃってる最近の自分をちょっと反省したりして。
水辺に立ち、魚を相手にどきどきした経験のある人に。
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