メイキング・オブ・『バンブーロッド教書』
訳著者 永野竜樹さんに聞く
ききて:『フライの雑誌』編集部
『バンブーロッド教書』の企画は、米国の出版社ホワイトフィッシュプレスとのやりとりの中から生まれたものでした。
永野 ホワイトフィッシュプレスはフライフィッシングはもとより、釣り全般に関するマニアックなジャンルについて、徹底的に掘り下げた単行本を精力的に出版しています。代表のトッド博士は釣りの歴史学の大学教授です。
米国ではビジネスを通じて社会貢献することが尊ばれます。ホワイトフィッシュプレスは売り上げの一部を恵まれない子供たちへ寄付しています。今回の企画でも日本版出版の条件として、フライの雑誌社が何らかの寄付をすることを求めてきました。
フライの雑誌社から陸前高田市立図書館図書購入基金に寄付をしてもらったのは、そういう事情です。
釣りに関わることで社会に貢献できるのはうれしいことです。小社としてもよい機会をいただいたと思っています。トッド博士はネット上の「クラシック・フライロッド・フォーラム」の管理人でもあります。フォーラムとはどんなものでしょうか。
永野 情報共有の場です。日本でいう掲示板ですが、規模ははるかに大きい。クラシック・フライロッドフォーラムはバンブーロッドの話題が中心です。
米国でのバンブーロッド愛好者の数は日本の少なくとも10倍以上はいると思われます。大勢の愛好者が様々なスレッドを立てて、好き勝手なことを語り合っている状況です。モデレーターと呼ばれるスレッドごとの管理人がうまくまとめています。
フォーラムの参加者にはプロビルダーもアマチュアビルダーもいますし初心者も大ベテランもいる。レベルは色々ですがけっして排他的ではありません。参加者の関係性はフラットで出入りも自由です。
ロッドビルディングについて情報を隠すことはアンフェアとみなされます。情報は完全に共有した上で、各自が努力していいロッドを作れればいい。どんな竿を作ってもいい。バンブーロッドで人生を楽しもうよ、という価値観ですね。
経験の多寡はバンブーロッドを楽しむ上では関係ないので、大ベテランであっても権威主義的な振る舞いはしません。
『バンブーロッド教書』のPart Ⅰは『ザ・クラッカーバレル』の全訳です。バンブーロッド好きたちが愛情あふれた好き勝手なことを書いていますが、翻訳でもっとも苦労したのはどの部分でしょうか。
永野 05のマーク・ウェント氏「バンブーロッドを作ってみよう」です。この章だけで4ヶ月かかりました。本の発行が遅れた原因のひとつです。
まず原文に図版がない。米国人にしか分からない固有名詞もたくさんでてきます。ロッドビルディングの細かい実際はギャリソン本の図版・イラストとマーク氏の原文をひとつひとつ照合しながら翻訳を進めました。
一行一行がハーケンを打ちながら崖を登っていたようなものです。あるいはチベットの巡礼僧のようにバタッと倒れた距離しか前に進めない。たいへんでした。
でもおかげで05章の評判はたいへんよいのです。読者から〝図解よりも分かりやすかった〟という声が届いています。
永野 それはよかった。訳者冥利につきます。
『バンブーロッド教書』を刊行し終えて、改めて竹竿の魅力はどんなところにあると思われますか。そして読者にひとこと。
永野 竹竿は自分の手で持った時に、川が見えてきます。ある特定の釣りのイメージが脳裏に浮かんできます。自然素材の持つ物語とロッドビルダーが竿にこめた想いが、私たちに何ごとかを語りかけてくるからでしょう。
私はある時から、日本酒の試飲とバンブーロッドの試し振りは遠慮なくやらせてもらう人生にしようと決めました。楽しいですよ。
いま世界はバンブーロッドの黄金期です。『バンブーロッド教書』がバンブーロッドを通じてもっと人生を楽しむための入り口になってくれれば、こんなにうれしいことはありません。
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