「三学期の成績表を見せなさい。むう。〈よくできました〉が一つ、〈がんばろう〉が二つで、あとはぜんぶ〈達成している〉か。まったくおもしろくない成績表だな。あまりにも平均だ」
「平均でだめなの。平均でいいでしょ」
「おい。いいかよくきけ。これから大事な話をする。きみはこれから長い人生を歩んでいくわけだが、きみにとっていちばん必要なのは、得意技だ。潮崎の得意技はなんだ。言ってみろ」
「剛腕ラリアット」
「オカダカズチカは」
「レインメーカー」
「関本は」
「ぶっこ抜きジャーマン」
「そうだ。一流のレスラーには皆、得意技がある。平均点、つまり基本動作はできて当たり前だ。たとえばロープワークのできないプロレスラーがいたらどうする?」
「それはないよね」
「そうだ。基本動作はできて当たり前で、そこから先に進むには、どうしても得意技が必要なのだ。〈平均でいいや〉なんて言ってるプロレスラーを誰がお金を払って見たいと思う? しかるにきみは、わたしの目から見るに、気持ちがのんびりしていて周りのお友だちにやさしいのはいいところだが、あとはあまりにも平均点なレスラーだ。いまきみの得意なことはなんだ」
「釣りかな」
「いいかよくきけ。きみは釣りが得意だというけれど、きみくらいのウデなら世の中には掃いて捨てるほどいることを、わたしは職業上よく知っている。それにいくら釣りがうまくたって、いくら釣りをやりこんだって、釣りは釣りでしかない。漁師ならべつだけどさ。きみには釣り以外でなにか得意技があるのか」
「うーん。家庭科?」
「まあ家庭科でもいいんだけどね。それはそれとして。やはりきみは、早急に得意技を編み出すことを来年一年の目標にするべきだと、わたしは思う。わたしはきみを、誰かの意のままに動く〝我が軍〟の一員にするために育てているのではない。得意技のない兵隊さんを雑兵と言う。誰かの言われるがままに右へ左へ動いて、モブって死んでいくのが雑兵だ。だけど自分にしかできない得意技があれば、自分で自分の行き先を判断して、きり拓くことができる。自分の頭で考えた結果なら、すべってもころんでも納得できる。いいかよくきけ。だれのためでもなく自分が死なないために生きろ。もしスリーカウントを聞いても聞かなかったことにしろ。そうすればまた立ち上がれる。とにかく死ぬな。たのむよ」
「たのまれた」
「来年はもっと個性的な、開いた瞬間に思わず笑っちゃうような成績表を持って帰ってきてくれ。膝がいたくてもポーズ一発で会場を爆発させられる武藤になれ。わかったか」
「わかった」
「たのむよほんとに」
「もうたのまれたってば」