新聞連載で好評をいただいた「晦魄環照(かいはくかんしょう)」が、桐生タイムス創刊70周年記念出版事業で単行本になりました。動乱の昭和維新の血盟団事件、五・一五事件の男たちの軌跡がこのまちと交わって、ときの轍(わだち)は桐生の3きょうだいに行き着きました。人の縁、歴史をめぐる物語です。(版元紹介文から)
桐生タイムスは『フライの雑誌』での島崎憲司郎さんの文章にもしばしば登場する桐生の地元新聞です。一般紙であるにもかかわらず紙面で島崎憲司郎さんのしごとを度々紹介しています。その桐生タイムスに連載されて注目を集めていたシリーズ「晦魄環照(かいはくかんしょう)」が、桐生タイムス創刊70周年記念出版事業として一冊の単行本にまとめられました。執筆者は桐生タイムス・青木修記者。島崎憲司郎さんのよき理解者であり紹介者です。
桐生市はふるくから独立独歩の気運に富み、街並に江戸明治の雰囲気をのこす群馬県の中核都市です。特産の絹織物産業に支えられた経済地盤に恵まれ、現代に至るまでも国内随一の文化充実度を誇ります。「晦魄環照」では、そんな桐生の近現代に往来した傑物たちの群像を、郷土新聞ならではのあたたかい視点で鮮やかに描きだしています。この本を開いた読者は、「桐生という町の発展期を生きた様々な人々の足跡」を「一遍の長編叙事詩さながらの壮大さで」(「晦魄環照」刊行によせて/島崎憲司郎/本書P.258)、胸のうちにふかく刻みこむことでしょう。
全5章にわけられたうち、第2章「富士のかあちゃん」は、島崎憲司郎さんにスポットをあてています。島崎さんの出自と来歴、各地から名士が集まった名店「北京料理富士」の料理人兼経営者を引きついだ島崎憲司郎が、いかにして「シマザキデザイン・インセクトラウトスタジオ」の島崎憲司郎となったか。「おば」である「富士のかあちゃん」との相克、黒岩涙香と島崎家との関係などの、知られざる事実が明かされています。島崎憲司郎の今まで唯一の単行本『水生昆虫アルバム』の誕生秘話、小社創刊編集長の中沢孝と島崎憲司郎、竹竿師ビヤーネ・フリース、中村羽舟さんの出会い、山下清画伯と幼い島崎憲司郎の交遊までも、ページを繰る手がとまらないほどの面白さです。青木修さんの鋭利で生真面目な筆致が、あまりに個性的な人物たちの輪郭をくっきりと際立たせています。
第2章のほか、筆者(堀内)が個人的に魅入られたのは、第5章「郷土新聞の根っこ」にあった次の一文です。
「晦魄環照」とはめぐる月日のことである。新月が光をとり戻し、満月になり、やがてまた新月に向かうという絶え間ない繰り返しの中に人々の吐く息吸う息があり、この呼吸こそが歴史であって、たまたま郷土新聞の根元に立ち、うながされるままに取組んできた対象が、さまざまな人との出会いを結び、さらなる交わりを重ねながら、やがて、山ひだにわきでた細い沢がふもとで一本の流れになるごとく、集約されていったのである。(P.233)
この一文を読んで、本書でも紹介されている「川は世界につながっている」という島崎憲司郎さんのことばを思い出し、あらためてかみしめました。
『晦魄環照 探訪・桐生の近現代』は多くの人へ手にとっていただきたい、こころのまっすぐな一冊です。
なお、「『晦魄環照』刊行によせて」(島崎憲司郎)は、次号『フライの雑誌』第105号に掲載する許可をいただいています。
『晦魄環照 探訪・桐生の近現代』
280ページ/桐生タイムス社 (2015/2/20)
ISBN-13: 978-4990814403