年下の男の子になれなかったよ。

今朝、全国民から制作費を徴収しようと目論んでいるテレビ局の番組で、かわいいデザインの農機具を紹介していた。淡いサーモンピンク色の軽トラックに乗っている、つけまつげきめた三浦半島の農家の若い奥さんが出ていた。「白い軽トラックはちょっとね..」ということらしい。奥さんは二〇歳で農家へ嫁に来たということだ。

ピンク色の軽トラのダッシュボードには、若い頃そういう人々が乗っている車にしばしばよくあるように、白くて長い毛がモサモサと生えていた。そしてまた、ダイコンかなにかを収穫していたその奥さんの胸元は、必要以上にガバッと開いていた。寝ぼけ眼だったわたしは(おっ)となり、それでは虫に食われてしまいますよ、奥さん。と思った。

どうでもいいことですね。

同じく今朝、ジャニーズが司会をやっているTBSの番組で、「キャンディーズ解散コンサートの新映像発見」の話題になってスタジオは盛り上がっていた。MCによると、キャンディーズはアイドルのステレオタイプを切り開いた原型なのだという。三人組アイドルの口火を切ったのもキャンディーズ、Perfumeが三人そろってやる「わたしたちPerfumeです!」も元はキャンディーズ、黄(ミキちゃん)・赤(ランちゃん)・青(スーちゃん)とキャラごとの色分けもキャンディーズ。とにかくなんでもキャンディーズが最初なのだ、といっていた。そうですか。

ところで「ミキちゃんが黄色」というのは、ゴレンジャーでカレー大好きだったずっこけ担当のあいつの例を思うに、ちょっと違うんじゃないかと。赤はランちゃんに譲るとしても、黄色はスーちゃんだったんじゃないかと。「8時だョ!全員集合」でもずっこけ担当はスーちゃんだったではないかと。でも黄色は膨張色だから、ぽちゃのスーちゃんにはむずかしくて「あたしが黄色でいいわ」とかなんとかミキちゃんが言ったのかなと。そこらへんにもミキちゃんの奥ゆかしさが出ていると。ミキちゃんは何色でもよく似合うと。

妄想ですね。

それはそれとして、せっかくミキちゃんの映像が流れ始めて(おっ)となったところで、テリー伊藤が「EXILEも…」(だったかな)と口を挟んできた。カメラはミキちゃんからテリー伊藤に切り替わってしまい、かっとなったわたしは「オマエはだまってなさい!」とテレビの前で声を出したのであった。自分の声を自分の耳で聞いて、いい歳こいて恥ずかしかった。

どうでもいいことですね。

ところでわたしは、ずっと「年下の男の子」になりたいと願ってきた。心から本当になりたかった。だからわざと汚して丸めたハンカチを、ボタンの取れてるポケットに突っ込んで、靴ひもをほどけたままにして、どきどきしながら学校へ通っていた。しかし先生含めて、年上のお姉さんのだれ一人として、わたしを「年下の男の子」に扱ってくれなかった。ただの「だらしのない子」でしかなかった。

年下の「無邪気でかわいい男の子」と「だらしのない子」との間には深い断絶がある。

そんなわたしにも、青年期になってから年上の彼女ができたことはある。念願かなったりと、いつでもけんかをしかけたり、デートの時間に遅れてみたりしたが、真意は伝わらなかった。ふつうに嫌われただけであった。すぐ別れました。

どうでもいいことですね。

じつは大人になってからも、わたしはひそかに「年下の男の子」を心の隅っこで志向してきた。しかし結局なれずじまいで、ジジイ化してしまった。さびしがりやで生意気でにくらしいジジイである。今となっては、自分より年上でミキちゃんみたいな素敵なお姉さんは、もうまずいない。高齢社会であってもきびしい。

いまわたしが、ネイビーブルーのTシャツを着て真っ赤なリンゴを頬張ったり、手袋片方なくしたり、靴ひもほどけたまんまにして町を歩いていたら、ただのぼけ老人である。さらに、忘れん坊でわがままでいじわるなんて言ったら、要介護度高い。

どうでもいいことですね。

葛西善蔵と釣りがしたい―こんがらがったセカイで生きるための62の脇道| 堀内正徳
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堀内正徳