「本田美奈子の汗はねばっとしてる、

のりピーの汗はサラッとしてる。」とは、今から20数年前に私が主宰していたミニコミ誌に、友人が書き記した至言である。もちろん友人は、本田美奈子の汗ものりピーの汗も味わったことがないに決まっているけれど、どうでもいいことを熱をこめてはっきり言いきるものだと感心した。

まだ10代だった本田美奈子の「1986年のマリリン」における淫猥な腰振りはまったく衝撃的だった。対して、後に日本よりも日本以外のアジアでブレイクすることになるのりピーは、平板なノンセックス感が売りであった。そこにはたしかに「ラブジュース」と「エイトフォー」の対比があった。

どうでもいいことだが、そのころの私はいいかげん酔いが回ると『1986年のマリリン』を振りつきで歌うのが十八番だった。自分で言うのもなんだが、歌も踊りも上手だったので、仲間からよくリクエストをいただいた。志賀高原のペンションとか、府中のやきとり屋の二階とか、熱海のスナックのミラーボールの下とか、いろんな場所で腰を振った。でもじつは本人はけっこう冷静で、激しく腰を振りつつ、「おれもう酔っぱらったから、これが終わったら向こう行って倒れるね。」の合図にしていた。なにもかもなつかしい。

のりピーがこんなことになって、じつはのりピーは六本木あたりの薬箱の常連だったとか、地方のレイブでキメまくって踊りくるっていたのを見たとか、そんないかにもな証言が水に落ちた犬を棒でつつくように噴出している。まったくいやな世の中だ。夫なぞは自分の妻を警察に売った。のリピーもつまらない男と腰を振ったものである。

ねばっとしていたはずの本田美奈子は、爽やかな五月の風のようなミス・サイゴンとなってこの世を去り、エイトフォーだったはずののリピーは、鼻からあぶってどうこうな酒井容疑者となって渋谷署に連行された。諸行無常である。

釣りを趣味としていれば、とりわけフライフィッシングをやっていれば、あれこれ忙しくてクスリなんかに手を出すひまはない。のりピーが『フライの雑誌』の読者だったら、尿検査を要求されるような情けない元アイドルにはならなかったはずだ。拘置所に『フライの雑誌』差し入れしようかな。