新刊『山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから』(牧浩之著)から。
「野菜をいっぱい食べんしゃい。」
地元の川で毎朝のように釣りをする日々が始まって、2ヶ月もたつと、高原町の川の特徴をかなり把握してきた。
フライフィッシングができるのは高崎川と、その支流の湯之元川の二つの流れだ。総じてニジマスの生息数は少ない印象で、フライフィッシングで狙うにはかなり難しい。
また、ヤマメを狙うならば放流が盛んな県北の渓流や熊本の川まで足を伸ばした方が、釣果には恵まれる。
けれど地元の川の最大のメリットはいつでも行けるという近さと、60cmを超えるニジマスが釣れるチャンスがあるところだ。その後、高崎川では68cmのニジマスの死骸も見つけた。田舎らしい風景を背景に、ゆっくり釣り上がって行くのがこの川での僕の釣りのスタイルだ。田畑を縫うように流れている川の畔では、農家の方が早朝から作業に没頭している。
川沿いの農道は滅多に人が通らないのだが、農家の方が野菜を運びながらこちらを眺めていることもある。ある日、たまたま川へ入ろうと準備をしていたら農家の方とすれ違ったので挨拶すると、驚くべきことを言われた。
「兄さん、日本語上手だねぇ。」
僕の釣り姿はいつもテンガロンハットにヒゲ面、それに加えて偏光グラス。どうもこの辺りの農家の方たちには、外国から移住してきた人だと思われていたようで、ちょっとした有名人になっていたようだ。
東京から田舎生活に憧れて、妻を逆に説得して高原町に移り住んだことや、仕事でフライフィッシングに使う毛鉤を巻いていることなど、いつものように自己紹介がてら、世間話でその場をなごませた。
そんなことが続くと、異国の地から来た外国人ではなく、東京からやってきた変わったお兄ちゃんだった、と近隣に知れ渡った。都会を捨てて田舎に越してきたお兄ちゃんに、ご年配の農家の方たちは、恐ろしいほどに親切である。
釣りを終えて川から上がると、軽トラックの荷台に「野菜をいっぱい食べんしゃい。」というメモとともに、ごっそりとナスやらトマトやらが置かれている。
山菜シーズンには、ゼンマイやタラの芽、食べきれないほどのタケノコが投げ込まれていることもあった。お孫さんの世代にあたるのか、とにかくみんなよくしてくれる。「今日は釣れるかい?」なんて声をかけてくれながら、しばらく農作業の手を休めていることもよくある風景。
僕はいつもよくしてもらうお返しに、たまに釣れる、養殖場から逃げ出してきたらしいニジマスを、ほんの少しだけれど差し入れしたりもする。するとこぼれんばかりの笑顔で大事そうにニジマスを抱えながら、今日の晩は塩焼きにするんだと喜んでくれる。
物々交換じゃないけれど、こういうやりとりで人の輪が広がっていくのも田舎ならではなんだろう。フライフィッシングを通じて人の温かさを感じるなんて、僕は知らなかった。
第2章|神話の里の釣りと狩り 「今日は釣れるかい?」
おかげさまで、『山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから』(牧浩之著)は、発売以来たくさんの読者に手にとっていただいています。もっともっと大勢の方に読んでもらえる価値のある本だと思っています。ですが小社の力不足でまだまだPRが足りません。
この本を読んで、面白いなと思ってくださった方は、ぜひお友だち、お知り合いへご紹介いただけますようお願いします!