『フライの雑誌』第87号に掲載した、水口憲哉氏へのインタビュー、釣り場時評62[釣り人は絶滅危惧種/レッドリストとどうつき合うのか。]を全文公開します。2009年の記事ですが問題の基本的な背景は現在とほぼ変わりません。釣り人が今後の釣り場環境を考える際の参考資料になれば幸いです。(編集部)
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日本のレッドデータブックはご都合主義である
釣り場時評 62 (『フライの雑誌』第87号掲載(2009年)
釣り人は絶滅危惧種/レッドリストとどうつき合うのか。
水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
●今年(2009年)、北海道はイトウ釣り規制の方針を打ち出した。レッドデータブックに載っている絶滅危惧種であるイトウを釣り人から保護するためだ。ブラックバスやブルーギルが特定外来生物に指定された際は、レッドデータブックに載っている絶滅危惧種である希少魚類を食いつくすから、という理屈づけがされた。アカメがレッドデータブックに掲載されたことを受け、宮崎県ではアカメの釣りそのものが禁止された。
●「レッドデータブック」(以下RDB)とは、環境省が指定したレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)を掲載した冊子のことである。都道府県や各団体が独自に作成するRDBもある。一般的に「RDBに載っている」ことはその生物の稀少性をつよくアピールする。ではRDBに載っていない生物ならば、まったく生息環境に問題がないのだろうか。RDBが釣り規制の理由に使われる以上、私たちはRDBの何たるかをもっと知っておく必要がある。
●本誌に「サクラマスを増やすにはどうするか」を連載中の水口憲哉氏は、著書『魔魚狩り』(フライの雑誌社刊)で「バス問題とサツキマスにおける作為と作意」と題し、長良川河口堰とサツキマスについての一章を書いた。〝レッドデータブックからサツキマスを外した環境省とご用学者のあきれた小細工〟というのがその見出しだ。釣り人にとって溜飲がすっきり下がるその内容は『魔魚狩り』を読んでいただきたい。
●日本のRDBには「お粗末な政治と科学」のご都合主義が端的にあらわれていると語る水口氏に、釣り人にとってのRDBとのつき合い方を聞いた。
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大きな力に頼らず、自分たちの考えと言葉で
「この生物を守ろう」、「この釣りは認められて当然だ」
と主張し続けることが大切です。
RDBは信頼できるか
─ 近年は環境ブームということなのか、何かとRDBが黄門様の印籠のように持ち出されます。RDBには一般的に高い信頼度があります。メダカがRDBに載ったというだけで大騒ぎになりました。
水口 2005年の特定外来生物法の策定時、私は後述の環境省・特定外来生物諮問委員会の議論に参加していました。環境省作成のRDBを元にそれぞれの魚を1つのカテゴリーに入れたり位置づけしたり、悪者として指名手配したりすることについて、そのおかしさを批判しました。それぞれの魚が本当はどういう生息状態におかれていて減っている原因が何なのかを、専門家と称する委員たちがほとんど理解していなかったのが一番の問題です。
─ RDBに載る、載らないの根拠はどんなものですか。
水口 RDBにおけるサケ、マス関係の扱われ方に例を見てみます。1991年のRDBでは絶滅種がクニマスで、サツキマスは絶滅が心配される種だとされていました。それが長良川河口堰の建設反対運動との関連で、2003年には国はサツキマスをRDBから外した。RDBに載るような貴重な魚を絶滅に追いやる可能性のある河口堰はとんでもないという声を怖れたのです。サケマス関係では、クニマス、ビワマス、北海道のイトウの3種が掲載されました。それが2007年のRDB見直しでは、もう河口堰も完成したからかまわない、ということなのか、その3種に加えて、サツキマスとヒメマスがいわば復活当選を果たしました。
環境省と水産庁とで扱いが違う
─ 合計5種が絶滅危惧種として認定されたわけですね。
水口 水産庁が作成している「レッドリスト」というRDBもあります。1998年作成のこちらには、サツキマスとビワマスとイトウが入っている。絶滅しているクニマスは水産には関係ないということで、初めから問題にしていない。水産庁はサクラマスをレッドリストに入れません。サクラマスは漁業も行われているし、国の増殖事業でふ化放流もしているから、水産行政的には論理が通らなくなってしまうんです。絶滅危惧種を漁業で獲っていたらまずいでしょう。だからサクラマスは入れない。つまり、環境省と水産庁はそれぞれの勝手な思惑で、特定の魚をRDBに出したり入れたりしている。サクラマスやサツキマスにとっては、私たちは何なのかということです。私はRDBを作成すること自体は、否定するものではありません。ランク分けや種類分けを人々に分かりやすいキチンとした基準でやるべきだというだけの話です。国交省からの横槍が入ったからサツキマスは外すとか、もうほとぼりが冷めたから入れるとか、そういう恣意が入るのはおかしいと言っています。
特定外来生物法は「逆RDB」である
─ 人間の都合と利益次第で生物を「いてもいい/いてはいけない」と決めつける特定外来生物の指定と構造は同じですね。
水口 特定外来生物への指定は、増えるのが問題だから減らそうという指定リストです。いわば「逆レッドデータブック」と言えます。2005年6月に第一次指定リストができて、魚類はオオクチバスとコクチバスとブルーギルとチャネルキャットフィッシュが指名手配されました。2006年2月の第二次リストでは、ノーザンパイク、マスキーパイク、カダヤシ、ケツギョ、コウライケツギョ、ストライプドバス、ホワイトバス、パイクパーチ、ヨーロピアンパーチが指定された。本当にそんなのいるのかというようなリストですよ。2006年9月に第三次、2007年9月に第四次、2008年1月に第五次と、次々に網を掛けていっているわけですが、魚類は第二次以降入っていません。
─ ニジマスとブラウントラウトが最初から候補に挙がっていますが。
水口 ニジマスについては全国内水面漁連をはじめとして、とても良く利用されているし、全国の100以上の漁協の漁業権魚種になっています。だから水産庁はニジマスを特定外来生物なんかには絶対認めることができないし、逆に環境省も怖くて手がつけられない。ブラウントラウトについては漁業権魚種になっているのは4漁協だけです。この先どうなるかはまだ分かりません。「ブラウントラウトとニジマスが問題だ」と大声で言っているのは実際は北海道の一部の研究者で、これが本当に問題なのかというのは疑問のあるところです。北海道ではブラックバスが函館大沼で数匹見つけられたら過剰反応して、ダイナマイトで爆殺せよという指令を出すぐらい滅茶苦茶なことがやられている。しかもそれを北海道の自然保護協会が認めるという、とんでもない事態が起きています。本当に理解に苦しみます。
RDBには「開発が悪い」と書いてある
─ 特定外来生物法の策定時には、生物を絶滅に追いやる原因が何かをRDBを元に議論されたそうですね。
水口 2003年6月の中央環境審議会野生生物部会第5回移入種対策小委員会の時に、生存に対する脅威と存続を脅かしている原因の変化ということで、1991年と2003年のRDBを比較しています。すると原因全体の6割近くが、両時期とも河川開発埋め立て等開発、ダム建設、森林伐採、道路工事などが占めています。捕食者進入といういわゆる外来魚の問題は、1・6%から8・2%に増えてはいるけれども全体の中ではあんまり大きな問題ではない。ダムや河川工事の開発行為を抑えれば、生物の生存を脅かす原因の大部分がなくなってしまうと環境省が認めているわけです。にもかかわらず、外来魚のせいにして都合の悪い開発行為は見ないようにしようという、おかしさがあります。
RDBを利用した釣り人への規制
─ RDB作成に恣意が入るのはおかしいというご指摘でした。では現在の日本の行政で、恣意が入らないリストを作成できる機関はありますか。
水口 それはないですね。そういう機関が環境省だと期待されている訳ですが、水産庁とは互角でも国交省に対しては圧倒的に弱い。ただし国交省も脱ダムとかで風向きも変わって来ていますからそう単純でもない。ですからあまりそういう行政に期待するよりも、地域の人たちが自分たちで考えてやる。百家争鳴でやっていく中でみんなが生物に関心を持って、減るのを防ぐというというようになれば、それでよいと思います。
─ とはいえ、現状のRDBを軸として、イトウやアカメといったRDBに載っている魚へ釣り規制の条例をかける動きが各地で活発化しています。全体的には規制強化の方向へ動いている。釣り人を「魚を殺す人々」だと位置づけるなかで、世間へのアピール材料としてRDBが利用されているのが現状です。そんな中ここ数年、水産庁は「釣り人の力を強くしたい」ということを言い出しました。国や行政は〝管理したがる〟のが習性です。釣り人も大きな網の中に入りなさい、そうすれば権利が生まれますよ、という提案だといえます。
水口 国とか団体とか、大きな力で網をかけて物事を動かそうという考え方を私は持っていません。少数とはいえまっとうな人々が、自分たちの考えと言葉とで「この生物を守ろう」「こういう釣りは認められて当然だ」と主張し続けることが大事です。それが正しい限りは、基本的には大きな流れそのものが、だんだんとその主張のほうに沿っていくものです。長良川河口堰でも今は開けっ放しになっていて、サツキマスも回復の兆しが見られるということです。流れはある意味では望ましい方向に少しづつ動いています。
「今まで通りの釣りをしたい」と言おう
─ より豊かな釣り場でより自由な釣りを楽しむために、釣り人は今後どんな方向を志向するべきなのでしょう。
水口 国を動かそうとか大きな流れを作ろうと思うと、ひじょうに空しく徒労に終わる可能性がある。なにか新しいことを求めたい人は、そのことの実現に取り組めばいいんです。でもそれ以前に、まず今までやってきた自分たちの楽しみを維持することだけでも大変です。例えば、サクラマスを今まで通り釣りつづけたいと言っても、ダムができれば釣りはできなくなるわけです。今まで通りの楽しみをやりたいんだとまず主張する。その結果としてそういう声を持っている人々の集まりに、ひとつの評価がなされます。それがいま色々な場所で起こっていると思います。それぞれの人々が愛着を持つこととか大切に思うことを、しつこく言い続けることが大事です。
いま全国で話題になっている「ダム見直し」の動きがじっさいのところどのような決着になるのかが注目されている。この年内にもダム関連の国の予算が確定し、ある程度の方向性が見えてくるはずだ。次号では今後の「脱ダム」の行方と釣り人のあり方を、水口氏に突っ込んで解説していただく。
〈本稿終わり〉
※『フライの雑誌』第87号掲載
※まとめ 『フライの雑誌』編集部/堀内
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追記(2016年3月4日): 本記事が収録された2009年11月は、自民党政権が倒れ、民主党政権へ変わったばかりの頃だった。上記記事中に〝いま全国で話題になっている「ダム見直し」の動きがじっさいのところどのような決着になるのか〟と書いた。
たしかに民主党政権は当初「ダム見直し」を掲げて、一定の支持を集めた。しかしすぐに迷走自爆し、「コンクリートから人へ」の方針はあっというまに崩壊、政権も失った。代わって復活した自民党政権がそのあと、以前にも増してゴリゴリの土建政治にいそしんでいるのは、多くの方がご存じの通りである。
〝国を動かそうとか大きな流れを作ろうと思うと、ひじょうに空しく徒労に終わる可能性がある。〟という水口氏の言葉は重い。より豊かな釣り場でより自由な釣りを楽しみ続けるためには、まさに〝それぞれの人々が愛着を持つこととか大切に思うことを、しつこく言い続けることが大事〟だと改めて思うのである。 (編集部/堀内)
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