ほとんどデート。その3

その1 その2 からつづく

ようやく吐夢へ入店。

カウンターで魚雷さんと並んだ。いろいろ話したと思うが、話題が飛びすぎた。やたら楽しく盛り上がったくらいにしか憶えていない。わたしが誰かとお店へ行ったときは、和子さんはほとんど会話に入って来ない。でもしっかり耳は活動していて、こちらが話を振ったときはすかさず気のきいたことを返してくる。今回はなにか映画のタイミングだったと思うが、「あたしは〈シン・ゴジラ〉と〈君の名は。〉観たら負けだと思ってるから。」という名言をはいた。

だんだん酔っぱらってきた。魚雷さんはふだんはきわめて声が小さい。これまでの人生において、歳上の人から「もっと大きな声でハキハキと喋らんか。」と何百回も叱られてきたとのことだ。さもあろうと思う。でも酔ってくるとふつうの人の小声くらいにはなる。耳をすませば聞こえるので、カウンターの止まり木に並んでいるわたしが、何回となく魚雷さんの方へ体を寄せて耳を近づける。そこで話が通じて、見つめあってちいさく微笑み合うおっさん二人だ。きもい。

『フライの雑誌』に〈川向こう〉を連載してくれている、詩人で編集者の四釜裕子さんにいっしょに呑みませんかと、今夜あらかじめお声をかけていた。すると仕事後にわざわざ阿佐谷までやって来てくれると言う。四釜さんとは2006年に知り合った。のろまのわたしが数年寝かせた後にお願いしたら、こころよく連載を引き受けてくれた。いまはとても幸せだ。吐夢の重い扉をからだでぐいっと押し開けて四釜さんが入ってきた。関係ないが美人。わたしは最敬礼。

「季刊 本とコンピュータ」つながりで、魚雷さんはずっと前から四釜さんの名前と仕事を知っていたが、会うのは今日が初めてとのこと。わたしが真ん中に入って、三人が吐夢のカウンターに並んだ。自分が世の中の役に立った気がする。とてもうれしい。わたしはだいぶできあがっていて、そこから何を話したかあまりおぼえていない。四釜さんも魚雷さんも、真柄慎一さんの『朝日のあたる川』が出たときに、すかさず別々の書評でとり上げて褒めてくださった関係にある。だから真柄さんの文章の魅力とか、文体と人物の相関とかを話して、大いに盛り上がった。

『朝日のあたる川』の表紙のイラストは、漫画家のいましろたかしさんに描いていただいた。仕事をお願いするために真柄さんと一緒に中野の飲み屋で、いましろさんと初めて会った日のことは、今でも忘れられない。いましろ作品の大ファンであるわたしは、異様に緊張していた。もちろんいましろさんと面識はなかった。ビビったわたしが何かの弾みでいましろさんへ変なことを言った。いましろさんがぶわっと黒くなって、あ、もうだめかも、と思った。

夜がかたまったそのとき、真柄さんが初めて口を開いた。「あのーお。いましろさんのマンガ、すんんんげえ面白いっすね。」とふつうに、のんびりした山形弁で言った。するとあのいましろたかしさんが、〝真柄に呑まれた〟感じになった。思わずふつうに、「あ、どうも。ありがとう。」と返したのだ。真柄さんの直球ど真ん中なひとことで場の空気がリラックスして、あれよあれよと言う間に仕事の依頼もすんなり通ってしまった。あれから6年たつが、いまも時々いましろさんと話すと、「そういえば真柄さんは元気ですか。」と気にしてくれる。真柄慎一ぢからは本当にすごいですよ、というとっておきの話をわたしがした。二人がウケてくれたのはよかった。

ガーッと盛り上がって、わたしも魚雷さんもろれつが回らない感じになってきたところで、お開きにした。吐夢に4時間近くいた。阿佐谷の改札でお礼を言って二人と別れた。魚雷さんはガード沿いに高円寺へ歩きで、四釜さんはオレンジ色と黄色の電車を乗り継いで、大川方面へと帰っていく。足元のおぼつかないわたしが西へ行くオレンジ色の電車を待っていると、同じホームに滑り込んできた電車へさっそうと乗り込む、四釜さんの横顔が遠くに見えた。

すっ、としている。

かっちょいい。

朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ(真柄慎一著)
画・いましろたかし
『朝日のあたる川』カバーイラスト。千葉ちゃん!

〈フライの雑誌〉次号第122号の表紙は斉藤ユキオさんの素敵すぎるイラストです。

『身近で楽しい! オイカワ/カワムツのフライフィッシング ハンドブック 増補第二版』好評です。初版はまさかの即完売でした。

単行本新刊
文壇に異色の新星!
「そのとんでもない才筆をすこしでも多くの人に知ってほしい。打ちのめされてほしい。」(荻原魚雷)
『黄色いやづ 真柄慎一短編集』
真柄慎一 =著

装画 いましろたかし
解説 荻原魚雷

ムーン・ベアも月を見ている クマを知る、クマから学ぶ 現代クマ学最前線」 ※ムーン・ベアとはツキノワグマのことです

フライの雑誌-第121号 特集◎北海道 最高のフライフィッシング|121号の連載記事で人気ナンバーワン。夢を挟むタイイングバイス フライオタクの自由研究2 大木孝威(2020年12月5日発行)

版元ドットコムさんの〈読売新聞の書評一覧〉に『黄色いやづ 真柄慎一短編集』が載っている。もう本当にありがたいです。

真柄慎一さんのデビュー作 朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ
(2010)

島崎憲司郎さんの『水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW』は各所で絶賛されてきた超ロングセラーの古典です。このところ突出して出荷数が伸びています。

水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW

春はガガンボ号 ガガンボは裏切らない。 頼れる一本の効きどこ、使いどこ 

『フライの雑誌』第120号(2020年7月20日発行) 特集◎大物ねらい 人は〈大物〉を釣るのではない。〈大物〉に選ばれるのだ。|特集2 地元新発見! The new discoveries around your home

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2020年12月発売・第121号(北海道特集)から直送 [フライの雑誌-直送便]

 『フライの雑誌』の新しい号が出るごとにお手元へ直送します。差し込みの読者ハガキ(料金受け取り人払い)、お電話(042-843-0667)、ファクス(042-843-0668)、インターネットで受け付けます。

桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ! 水口憲哉(著)
ISBN978-4-939003-39-4
本体 1,714円

フライの雑誌-第118号|フライの雑誌 118(2019秋冬号): 特集◎シマザキ・マシュマロ・スタイル とにかく釣れるシンプルフライ|使いやすく、よく釣れることで人気を集めているフライデザイン〈マシュマロ・スタイル〉。実績ある全国のマシュマロフライが大集合。フライパターンと釣り方、タイイングを徹底解説。新作シマザキフライも初公開。永久保存版。|島崎憲司郎|備前 貢|水口憲哉|中馬達雄|牧 浩之|荻原魚雷|樋口明雄

フライの雑誌-第116号 小さいフライとその釣り|主要〈小さいフック〉原寸大カタログ|本音座談会
【新刊】山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから(牧浩之著)
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『葛西善蔵と釣りがしたい』(2013年5月16日発行)
『葛西善蔵と釣りがしたい』(2013年発行)