【公開】人新世の現実と内水面の釣り 『外来種は本当に悪者か?』を読み解く②〈魚は侵略しない〉(水口憲哉)

釣り場時評83

人新世の現実と内水面の釣り
『外来種は本当に悪者か?』を読み解く (2)

魚は侵略しない

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

『フライの雑誌』第111号(2016年12月5日発行)掲載

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人新世の現実と内水面の釣り
『外来種は本当に悪者か?』を読み解く (1)
 から続く

オイカワという魚はまさに、
ピアスの言うところの人新世の優等生である

前回に続いて、ピアスの『新しい野生』(邦題:『外来種は本当に悪者か?)』をもう少し読み進めてみる。まずは本誌第一〇七号の水辺のアルバムで取り上げたアメリカザリガニについて。

イギリスに一九七〇年代に養殖目的で北アメリカから輸入されたタンカイザリガニ(Pacifastacus leniusculus)はイギリス環境庁が二〇〇六年に選んだ駆除することが望ましい外来種のワースト10に入っている。ここで、この本の訳者(藤井留美)が滋賀県の淡海湖の由来がつく和名を使っているのは日本にも一九二六年、農林省水産局が優良水族移殖ということで輸入や移殖放流をすすめたからである。このあたりのおかしくて悲しいような話はウィキペディアのタンカイザリガニに詳しい。

このエビガニがかわいくない外来種としてさんざんの言われようである。

まず環境庁は、〝第二次世界大戦時、ヨーロッパにアメリカ軍が初めて駐留したときも、イギリスの男たちは「身体がでかく、猛烈な性欲のやつらが襲来した」と似たようなことを言っていた *28〟また、〝ふだんは環境問題など目もくれない極右のイギリス国民党も、タンカイザリガニに対しては「まるでマイク・タイソンだ…病に取りつかれた邪悪な違法移民がわが国固有の環境を荒らしまくっている」と手厳しい *29〟といったように。ただし、かわいい外来種は支持を獲得できる場合があるとして、一九〇二年に輸入された食用ヤマネとも呼ばれるオオヤマネやアナウサギ(ピーターラビットのモデルになった?)そしてコウライキジなどをその例に挙げている。

基本的に、この本には淡水魚がほとんど登場しないのだが、フライフィッシングの対象ともなる魚としては二九八ページに、外来種自身が、新しい環境に適応する過程で進化することもよくある例として、ヒレハリギクやイエスズメとともにベニザケが取り上げられている。

〝ワシントン州沿岸のベニザケは別の湖に導入されると、たった五六年、一三世代で新種になった。自然はぐずぐずしていないのだ。*12〟で引用されている文献12。ヘンドリーほか(二〇〇〇)「野生における繁殖隔離による急速な進化:導入されたサケに見られる証拠」という雑誌サイエンスの論文を読んでみた。

ワシントン州のベーカー湖から同州のワシントン湖へ一九三七年から四五年の間に移植されたベニザケについて一九九二年に調べたところ、ワシントン湖のビーチ(プレジャーポイント)と七キロ南のセダー川の繁殖群とでは形態や温度選択そして遺伝学的にちがいが見られたというものである。この論文に対して、四点にわたっての専門的なコメントがハワードほかによって投稿された。このていねいな質問はヘンドリーほかの回答と共に翌年のサイエンスに掲載された。

ヘンドリーほかは、二つの個体群が遺伝学的に分化し始めてはいるが、種分化しているともそうなるとも言ってはいないと冷静にやや後退気味に答えている。しかし、論文のタイトルは急速な進化があり、要約には急速な種分化という言葉もあるのでハワードほかの指摘はもっともである。ただし、その勇み足に乗せられてピアスが新種になったとまで言い切るのはいただけない。サイエンスを引用しているからといって、ピアスが言っていることをすべてそのまま鵜呑みにしてよいと言う訳ではない。

それはそれとして、このベニザケの生態学的種分化をめぐる研究者の意見のやりとりについてはいろいろ教えられた。二つほどコメントを。

コメント① 本誌第九二号の本欄「西湖〝クニマス発見〟の大騒ぎ ほっといてくれ。」で、阿寒湖の湖沼性陸封ベニザケ(ヒメマス)とワシントン湖のビーチに定着したベニザケの繁殖群との関係はどうなっているのか。ほっといてくれと言っている〝クニマスらしき魚〟もぼやいているように、この国のお粗末な科学者たちにワシントン湖のベニザケについての検討というか究明のような論争を期待するのは木によりて魚を求めるようなものである。

コメント② オイカワという魚はまさにピアスの言うところの人新世(Anthropocene:アンスロポシーン)の優等生である。現在は国内外来種として川釣りの対象として好まれ、数十年ぶりに各県内水面水試での増殖に関する試験研究がさかんである。

水口(一九七〇)は、一九六〇年代に調べてどうにか琵琶湖などからの全国への移殖状況を把握し、そのことを形態学的に確認した。そして現在、国内外来種であるがゆえに、環境研究所の高村ほか(二〇一五)や岐阜大の北西ほか(二〇一六)が英文で学会誌に遺伝学的研究を報告するようになった。しかし、形態学的確認以上のものではなく、生態学種分化への言及などは全くない。昔からいたと思って皆が当たり前のように釣っているオイカワにもそれなりのたくましい移民の歴史があり、それを仕事として研究している人も存在する。

ピアスの本は、全一二章で四四四の資料を引用している。その多さで評価する人もいるが、ここではその内容を分析してみた。そこから見えてきたことを三点にしぼった。

一) 新しい直近の資料が多い。一カ所で同一の文献を何度も引用しているものなど重複を除くと二〇一一年以降に報告されたものが四二%と驚くべき新鮮さである。そしてある意味当然のこととしてウェブ上の情報も多い。環境庁もエビガニの例で見られるように言いたいことを発信している。ただし、SNSやツイッター情報は入っていないようである。そしてそれ以前一九八一年までの十年ごとに三三%、一三%、三%と減少し、一九八〇年以前一八六四年までは九%である。

二) ピアス自身の引用文献は一二篇と最多で、三章クラゲの海での四篇が目立つが全般にわたってこれまでよく発言している。彼がイギリスの科学雑誌「ニューサイエンティスト」の編集スタッフ、その後同誌の環境・開発コンサルタントという経歴をもつのでそれへの掲載報告も多い。

なお、ピアスは一九九一年に『緑の戦士たち─世界環境保護運動の最前線』(一九九二年中澤正夫訳)を上梓している。この本を読んでのソ連の日本海への放射性廃液投棄とグリーンピースのからみについての筆者の発言が物議をかもした。ピアスより一歳若いフリーランス科学ジャーナリストの平澤正夫が一九八五年にまとめた『消えゆく野生と自然─動物たちに何が起きているか』は面白い。ピアスと共にある意味、この分野での同志ともいえる。

三) ピアスに次いで引用文献数が多いのが、外来種問題のオピニオンリーダーとも言えるシンバロフで九回である。この本でピアスが叩くには格好の相手なので二〇一三年発行の『侵入種:みんな何を知るべきか』は四章にわたって四回引用されている。このシンバロフが二〇〇〇年に復刻されたエルトン(一九五八)『動物と植物の侵入の生態学』のまえがきを書いている。なお、エルトン(一九五八)は一九七一年に川那部浩哉ほか訳『侵略の生態学』として出版されている。

結局、ピアスの本の中で、最も多く引用されている一冊の本は生物の分散と侵入についての古典ともバイブルとも言えるこの本エルトン(一九五八)であって、その本が五回引用されているということになる。

〝日本人の起源について、日本列島にいつの時代か外来の民族が侵入し、それが繁殖定着し、しだいに勢力を広げ現在に至っているという説がある。〟と書いたら、淡水魚保護協会の木村英造さんから、〝これは進駐軍のことですか〟と問われた。

このエルトン(一九五八)は、侵入種または外来種問題の基本と方向性を示した重要なすごい本であることを文句なく誰もが認める。筆者も二〇代に影響を受けた。

問題なのは、この本を人新世に入ってどう理解し、目前の事態に取り組むかということである。そのことを整理すると、ピアス(二〇一五)が現在、賛否両論世間を騒がせて取り上げられていることの意味も分かる。

⑴ エルトンは動・植物の侵入の様相を世界各地でまさに年鑑のようによく網羅しているが、それについてのよいか悪いかの価値判断をあまり行なっていない。例えば前号本欄で取り上げた養殖ガキの大洋を渡っての移殖や、それにともなう、イボニシなどカキの捕食者である〝同伴者たち〟にもⅤ章の「海もまた変わる」で詳しく取り上げているが、ある意味人間の利用ということをよく理解して述べられているので、水産研究者の小金沢さんもこの章を気持ちよく引用している。

⑵ 日本にエルトン(一九五八)が、『侵略の生態学』として導入された際に一つの方向性というか流れがつくられた。その流れに強く抵抗した文章を収録したのが水口(一九八六)の『反生態学─魚と水と人を見つめて』であって、強く抵抗した結果掲載拒否にあったのが、この本の冒頭にある〝オイカワの分散とヒトの生活〟という文章である。

これは川合禎次・川那部浩哉・水野信彦編『日本の淡水生物─侵略と撹乱の生態学』(東海大学出版会、一九八〇年十一月発行)の中でオイカワについて書くようにと依頼されて書いたものである。要は、移殖→混入→侵入→侵略という読み替え、または見なし方をするのは誤りであるという一点にあくまでこだわったからである。同様のウマヅラハギと共に詳細は同書の注などにていねいに述べられている。

その文中に今でも印象深い一文がある。

〝山形県には、日本が米軍に占領されていた時期に増え出したオイカワを、その征服者に見立て、「しんちゅうぐん」(進駐軍)と読んでいるところがある。しかし、もしどうしてもそういった見立て方をしたいのならオイカワの場合には「入植者」という呼び方のほうが無理がない。ことわっておくが、私はオイカワの場合でも、こういった語を使用するつもりはない。〟

進駐軍についてもう一つ。雑誌「アニマ」(一九七六年三月号)の「外来動物と純血主義」という文章で〝日本人の起源について、日本列島にいつの時代か外来の民族が侵入し、それが繁殖定着し、しだいに勢力を広げ現在に至っているという説がある。〟と書いたら、淡水魚保護協会の木村英造さんから、〝これは進駐軍のことですか〟と問われた。

⑶ エルトン(一九五八)やその訳書が出版された頃にはあまり大きなうねりではなかった環境保護運動が一九八〇年代にだんだん盛んになり、そして一九九〇年代に生物多様性と外来種(侵入・移入種)問題がからみ合い、それに侵入を侵略という考え方をする原理主義者がドッキングしてなおさらややこしくなった。

⑷ このような携行は日本に固有のものではなく、ピアスが『新しい野生』の十一章で述べているように、〝旧来型の環境保護は自分の首を絞めている〟ということになる。

トランプ大統領になると、しっちゃかめっちゃかの状態で、
生物多様性や、外来生物などどこかにすっ飛んでしまった。

ピアスの『新しい野生』の解説で、岸由二はアブラハヤの移動というか緊急避難について某保全生物学者への三〇年前のうっぷんをはらしている。なお、前掲の『反生態学』への正当な書評を『日本の生物─』に書いたのは彼である。それとの関連で、日経サイエンス二〇一七年二月号の「絶滅危惧種の移住を手助け・生物の引っ越し大作戦」という報告を紹介する。

これは、去年十月のサイエンティフィック・アメリカン(アメリカのニュー・サイエンティストと言えなくもない)に掲載されたリチャード・コニフの「生息域を離れる」というニュージーランドにすむムカシトカゲを地球温暖化による海面上昇を避けるために移住させる話である。これで驚いたのは次の調査である。

〝オンライン専門誌の「エレメンタ:アンスロポシーンの科学」に掲載された生物多様性研究者二三〇〇人を対象にした調査では、ほとんどの回答者が条件つきでこれを支持した。特に絶滅を回避できる場合や、移転先の生態系に及ぶリスクが小さいかゼロである場合には、生息地移動アシストは有効であるという見方だ。〟

この調査の結果よりは、「アンスロポシーンの科学」というオンライン専門誌があるということに驚いた。エレメントというのは、辞書によれば、元素、原理、要素、成分ということで、次に(生物の)個有の領分(環境)、人の本領、持ち前、適所とある。そしてこの雑誌(?)がカバーする知的領域は、大気圏科学、地球と環境科学、生態学、海洋科学、維持的技術、維持性の移行というとんでもないものである。

最後に一九七七年生まれの政治学・社会思想の研究者の考え方に耳を傾けて本文をしめくくる。白井聡は『永続敗戦論』(講談社+α文庫・二〇一六)の二四七ページで次のように日本の国というものの現状を明確に批判している。

〝植民地支配や侵略に対する責任の問題も同様である。容易に共感を醸成しやすい自国民への責任すら満足に追及できない社会は、共感度が薄くなりがちな他国民への責任の問題に本来的な意味で取り組む能力を持たない。歩くことすらまだできていないのに走ることはできない。〟

これで、植民地支配や侵略に関するアメリカと日本とアジアの諸国との関係の今がよく見えてくる。前号で紹介した『Backcasts』での生態学的帝国主義という見方をすれば、ブラックバスは侵略者の持ち込んだゲーム・フィッシュで南アフリカのサケ・マス類と同じことになる。問題とすべきは魚たちではなくそれらを持ち込んだ国家による植民や侵略である。すなわち米帝国主義を批判するしかないのではないか。そしてそれを甘んじて受け入れた人々もであるが。

ここまで考えてヘンなことだが五〇年ほど前に言われていた米帝の意味がようやくわかり始めた。それはもちろん、生態学的帝国主義ではなく、社会学的帝国主義なのだが、若い人から教えられた訳である。

その米国であるが、生物多様性が、オバマ前大統領の時代には、民族の多様性と共に重要視され大切にされてきた。トランプ大統領になると、アメリカ経済第一主義で地球温暖化は何のその、アラブ、アフリカの七カ国からの入国ビザの発給を禁止するは、メキシコとの間に壁をつくるは、しっちゃかめっちゃかの状態で、生物多様性や、外来生物などどこかにすっ飛んでしまった。

一月二八日の朝日新聞では、シリア難民受け入れ停止の大きな記事の下に、環境省が外来クワガタ約十種を特定外来生物に指定して輸入・販売禁止を検討という記事があった。

生物多様性と外来生物との関係は、アンスロポシーンでどうなっているかではなく、トランプ劇場で人そのものの移動がどのようになるかという時代になった。

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水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

『フライの雑誌』第111号(2016年12月5日発行)掲載

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本体1,700円+税〈2017年7月31日発行〉
ISBN 978-4-939003-71-4
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桜鱒の棲む川 水口憲哉(2010)
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『淡水魚の放射能 川と湖の魚たちにいま何が起きているのか』(水口憲哉=著/フライの雑誌社刊)
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