河口湖で異国の少年少女と交流する

忍野での釣りの帰りに河口湖湖畔の駐車場を車でゆっくり移動していた。

すると少年一人、少女二人の三人組が道路脇から出てきて頭を下げた。どうしたのかと窓を開けると、

「あのぅ、○○大学に入学した学生なんですけどぅ、湖と富士山が一緒に見える場所はどこでしょうか。」

つたない日本語だ。少年は浅黒くネコみたいに精悍で、聡明そうに微笑んでいる。少女たちははにかんで上目遣いにこっちを見ている。素朴さがにじみ出ている。東南アジアのどこかから来た留学生だなと思った。

「いいよ、連れてってあげる。車に乗りなよ。」

そしたら少女たちの顔がぱっと輝いた。

「ほんとですかぁ。うわぃ、うれしいですぅ。」

「うわぃ、ありがとございますぅ。」

イントネーションがおかしいが、がんばって日本語を喋ろうとしているのが愛らしい。「うわぃ。」という合いの手みたいのが妙だ。向こうの日本語学校でへんなふうに覚えてしまったのかもしれない。

後部座席へ三人で乗り込んできた。少年を真ん中にして、三人横並びにちょこんと座った。車が動き始めると、三人でしずかに笑いさざめいている。よい子たちのようだ。

そのまま湖の北岸へ向けて車を走らせた。お国はどこですか、と聞きたかったが遠慮した。彼らにも聞き取りやすいように、ゆっくり、はっきりと口を開いた。

「この先の、ハワイ前という浜辺から、湖と富士山が一望できるんですよ。」

「ほんとですかぁ。うわぃ、すごいねぇ。」

よろこぶ少年少女。バックミラーでその微笑ましい様子を眺めながら、タイかマレーシアあたりかな、と思っていた。留学してくるくらいだから頭いいのだろう。日本語上手だし。

浜辺に着いて「どうぞ」と声をかけたら、三人は「うわぃ、ありがとございますぅ。」と口々に礼を言って車から走り出ていった。

どうです、日本の富士山、きれいでしょう。河口湖も美しいでしょう。あなたのお国にこういう景色はありますか。自然を前にしたときだけ、わたしはときどきナショナリストになる。

三人でいっしょに写真を撮りたがっているようだったので、シャッターを押してあげた。ますますよろこんで、キャッキャッと転げ合っている。いいなあ。

まさに日本の若者に失われた素直さがある。ホームステイで留学生を受け入れるホストペアレントはこんな気分になるのかもしれない。

見れば少年はiPhoneを使っていた。最近は東南アジアでも流行ってるのだな。向こうではお金持ちな身分なのだろう。

そうして浜辺で富士山と河口湖をたんのうして、しばらくすると少年がほがらかに、わたしに向かってきっぱりと言った。

「あのぅ、そろそろ戻りたいと思います。ありがとございましたぁ。」

君が異国で少女たちを守っているんだね。ますますいい感じだ。

駅まで戻る道すがら、そろそろいいかなと思って、「えーと、お国はどこですか。」と聞いてみた。

少女「鹿児島ですぅ。」

少女「三人ともですぅ。」

少年「高校の同級生なんですぅ。」

一瞬の間。おやじだからすぐに態勢を立て直して、

「…お、鹿児島! おじさん何回も釣りに行ってるよ。こないだ鹿児島の友だちがこっちにきて、いっしょに釣りしたんだよ。」

「うわぃ、ほんとですかぁ。」

「すごいねぇ。」

「今日は楽しかったですぅ。」

そのあときちんと駅まで送って、「勉強がんばってね。」と言って、三人とさよならをした。三人は手を振りながら駅の改札へ消えていった。

ちょっといいことした気分だ。さわやかな鹿児島の少年少女と交流を持てておじさんもうれしかった。

「日本語上手だね。」なんて言わないでよかった。

うわぃ、あぶないところだった。

・・・

(「葛西善蔵と釣りがしたい」より)

葛西善蔵と釣りがしたい|堀内正徳=著(『フライの雑誌』編集人)
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