【全文公開】第109号特集◎CDC(カモ尻)大全〈なんで今さらCDC?〉(堀内正徳)

森元斎著『アナキズム入門』(ちくま新書) が面白い。本書に関連して、「図書新聞」掲載の〝いつも心に革命を ――われわれは「未開人」である 鼎談:森元斎 栗原康 マニュエル・ヤン〟を読んでいたところ、

ヨーロッパでは、今も昔も、コミューンがある。例えば、スイスのジュラ山脈の横に時計職人などが集まって、様々な反対運動をしながらも仕事をつくっていく「ジュラ連合」というものがかつてありました。ぼくが求めているのはこういうものだと思った。生活も、思考も、助け合いながら、自分たちだけで何とか生きていこうという精神、それがアナキズムでした。

という記述があった。

19世紀、スイスのジュラ山脈には職漁師がいた。よく釣れるフライマテリアルとして人気のCDC(カモのお尻の毛)を使ったフライのオリジンは、ジュラ山脈の職漁師たちだと言われている。本誌第109号のCDC特集で記事にしていた。思わぬところでジュラ山脈にまた出会った。

第109号特集◎CDC(カモ尻)大全に載せた編集部まとめ記事〈なんで今さらCDC?〉を公開します。

いつも心にフライフィッシングを。

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第109号特集◉「カモ尻」大全

CDC来日30周年記念
知られざる真実と日米欧の最新事情、よく釣れるフライパターン

フワフワしていてちょっと脂っぽくて、パウダーフロータントと相性がよくて、用途範囲が広い。どうしても釣れないライズにCDCを使って巻いたフライを投下して、何とかなったという経験をお持ちの方は多いだろう。

CDCは1986年に初めてヨーロッパから日本に入ってきた。「カモのお尻の毛」という妙ちきりんな名の、誰も見たことのない羽だった。ところがこれが信じられないくらい釣れる、魔法の毛だと大騒ぎになった。

CDCを使ったフライはヨーロッパで生まれ育ち、日本で爆発的に開花して、米国へ海を渡った。今やCDCは世界中の釣り人から頼られるマテリアルだが、日本における〝CDCビッグバン〟が現代のフライフィッシングに果たした貢献は大きい。

CDC来日30周年を記念して、CDC新時代への扉をノックする。

特集◎INDEX

フォト紀行 岩谷一 014
隣人のCDCフライ 016
マルク・プティジャン/シェーン・スタルカップ/レネ・ハロップ/
和氣博之/齋藤信広/樋渡忠一
市販CDC一覧 024
ガラパゴスをつなぐ羽根 CDCの浸透力  東知憲 026
実戦CDCフライ 本気の10本 タイイングと釣り 和氣博之 032
猟師になって知ったCDCの真実 牧浩之 038
万能フライ〈O.S.P.〉 齋藤信広 040
虫のふるまいを表現するCDCソフトハックル 樋渡忠一 042
CDCに頼るなよ 米田賢治 046
〝絶対に釣れない魚〟があっさりと 小池要 050
綿毛のように 岩谷一 052
市販CDC最強を決めようじゃないか 七輪会の皆さん 054
なんで今さらCDC? 堀内正徳 058
鴨(の毛)狩り狂騒曲 T・エンテンタイヒ/鴨尻太郎 060
「ヨーロッパのカモの毛パターンの歴史と現在」
四半世紀後の補充として 宮﨑泰二郎 064
シマザキフライズ with CDC 2016 島崎憲司郎 070


なんで今さらCDC?

堀内正徳(東京都日野市/本誌編集部)

CDCくらい釣り人の世代によって印象の違うマテリアルはない。初登場時の衝撃を当時を知る釣り人は忘れられないが、今ではCDCはごく普通のマテリアルだ。CDC日本上陸についての歴史的な経緯は、CDC仕掛人の張本人である宮﨑泰二郎さんへ久々に登場していただいて、今号64頁からの記事にまとめていただいた。

20数年前、夏休みの学生バイトとして本誌編集部に出入りしていたわたしはある日、中沢孝本誌創刊編集長から小さなビニール袋に入ったモサモサした毛をひょいと渡され、「これ使ってみなよ。」とかるく言われた。その毛こそ、まだCDCなどとかっこよく横文字で呼ばれる以前の「カモの毛」であった。

当初はスイスからわずかに届いた毛をめぐり、編集部内で血で血を洗う抗争が繰り広げられたという噂だった。だれかの鼻息で机から落ちた毛をわーっと皆で取りに突っ込んだために、複数の頭がガチンコでぶつかりあって火花が飛び、編集部が火事になりかけたという。そのデンジャラスな毛がわたしに回ってくるくらいだから、情況はだいぶ落ち着いていたのだろう。

わたしはもらった「カモの毛」で適当な18番くらいのドライフライを巻いた。妙にモワモワしていて巻きづらく、独特のにおいがあった。そのフライを持って忍野の釣り堀の池へ出かけた。水面でぽわーんというライズがある。

これを釣るのはウエスタンフライでは異様に難しいのだが(いま思えば当たり前)、試しにカモの毛を投げてみると、抵抗なく「すぽん」と吸い込まれた。なんだこれと思った。
「沈めてもいいよ」と聞いていたので、ベストからガン玉(!)を取り出してハリスへかまし、フライを強制的に足元へ沈めてみると、藻の中からマスがさっと出てきてフライの周りをくるったようにグルグルと回り、勝手にガツーンと持って行ってかかった。カモの尻に人間がだまされたような気分であった。

自分のカモの毛フライが、ぽつねんという感じで水面に浮かび、すぽんと魚に吸い込まれた瞬間の映像を今でも鮮明に覚えている。これだからフライフィッシングはやめられないのだろう。

本誌は創刊号(1987)以来、CDCを大トピックとして位置づけ、第13号「カモの毛は本当に効くのか?」(1990)などたびたび誌面で扱ってきた。日本で価値を再構築されたCDCは米国へ渡った。よく釣れるマテリアルが大好きなのは釣り人の世界共通で、そこからの拡散はあっという間だった。

’70年代から’90年代は世界のフライフィッシングが大きく花開いた季節だ。その中でCDCは現代のフライフィッシングに新しいくさびを打ち込み、ブームの牽引力となった。それはフライフィッシングの辺境である東洋の島国の日本から発信されたムーブメントであった。

今年(2016年)、CDCは来日30周年を迎えた。次の時代への扉はつねに開いている。

CDC資料紹介:過去の出版物からCDCに関する興味深い記述を抜き出し以下紹介します。

①「フライフィッシング用語辞典」(川野信之 2005)

シー・ディー・シー(CDC)cul de canrd:フランス語、英語 カモの尻毛。カモ(主としてマラード)の尻のところの脂腺のまわりに生えている毛で、綿羽、半綿羽である。一般にカモの毛と呼ばれている。culクは尻、canardカナールはカモで、ク・ドゥ・カナールを直訳するとカモの尻。この3つの単語の頭文字をとってCDCと呼ばれる。(略)

CDCが世界中で広く使われ出したのは近年のことで、日本では1986年以降だが、チャールズ・コットンが〝カモの尾の近くにあるグレーの羽〟と書いたのはCDCではなかったろうかと霜田氏が推定しているのは興味深い。

②ヨーロッパのカモの毛パターンの歴史と現在」
『フライの雑誌』第15号(宮﨑泰二郎1991)

ヨーロッパにおけるカモの毛フライの歴史ですが、なんでもフランスとスイスにまたがるジユラ地方の職漁師達のあいだで、百年ほど前から使われていた(これは日本のオイカワの毛針釣り仕掛けをひとまわり太くしたような、流しウキを使ってのドロッパーシステムだったようで、あまりに釣れすぎるので、現在この釣法はヨーロッパでは禁止されています)という、伝説めいた話の他には具体例が少なく、時代はずっと下がって1960年代に入ってから、スイスの釣り道具屋などでこのフライが売られるようになったこともあり、ジユラ地方以外の釣り人達に少しずつ知られ始め、フライフィッシング関係の本に、このカモの毛フライの記事が最初に現われるのが1970年ですから、それから今日までのたかだか20年が、ジャーナリズム的意味では、カモの毛パターンの歴史ということになります。

(1981年発行の著書でカモの毛フライを詳しく紹介している宮﨑さんの友人のブレドフ博士による1991年のコメント)

「えっ、カモの毛? そんなもん最近は興味ないね。あのフライじゃ釣れて当たり前、パターンもひとつかふたつあれば十分だし、水生昆虫の勉強やタイイングの研究も必要なくなるし、あれはフライフィッシングをつまらなくしてしまう、どうしようもないマテリアルだね」。

③「The Flies PART3」(佐藤成史1995)

日本での流行が先行して話題沸騰した後に、アメリカで同じような流行が起こるという現象は、フライフィッシング界においては、このCDCが初めてだと思う。(18頁)

(CDCフライは)現場でハサミ1本あれば、ワンパターンのフライをどうにでも処理できる(24頁)

IKAZAYIM(アイカザイム) CDCをふんだんに使ったヨーロッパのパターン。CDCパターンとしては、その性質を生かした最もベーシックなパターンのひとつだろう。(略)CDCの日本流入の仕掛け人となった、ヨーロッパ在住の宮﨑泰二郎氏の作品として紹介されたのが最初である。(57頁)

※編注: 上の記述は誤り。アイカザイムのオリジネーターは島崎憲司郎さん。初出は『フライの雑誌』第10号(1989)。第109号66頁参照。

④「カモの毛フライはなぜ釣れるのか? カモの毛は麻薬である。」
島崎憲司郎インタビュー 聞き手/中沢孝『フライの雑誌』第13号(1990) 

物が水に浮くということは撥水性の有無も大切ですが、実はそれよりも構造的な特性の方が重要なんですね。(略)カモの毛っていうのは、フライの材料としてうまい感じに出来ているんです。材質の柔らかさという点でフッキングにも有利ですしね。何か、すべてがおあつらえ向きなんです。

魚ってやつはどこまで正直なのかと思うほど、そのとき標的にしている物が「こうなってる!」という状態をフライに表現してやれば、ほんとに簡単に釣れるんです。まあこれは岩井渓一郎さんも再三強調されているようにドラッグしていないという状態も当然含みますけどね。しかし肝心カナメの部分に決定的な問題があると、その他の点はどれほどよくても今イチなんですね。

ところがカモの毛の場合は、いくつか考えられるその大事な要素を初めから潜在的に持ってるんですね。かなりいい加減に作ったフライでも、その中にいろいろな要素がすでに入っちゃってる。(略)だから、そりゃあもうカモの毛さえ使ってあるフライであれば…、てな具合になりやすいんですね(笑)

─カモの毛を使い出すと他のフライを使わなくなる傾向が出ませんか(笑)

確かにそうなんですね。麻薬ですね(笑) でもカモの毛の突出した効果を実感すればするほど、今度は他のマテリアルを使ってどこまでカモの毛に迫れるか、というのがかえって一種のゲームとして面白いんですね。魚はカモの毛そのものに反応しているわけじゃなくて、カモの毛が引き起こしている何かに対して反応しているわけですから…。(略)

場合によってはカモの毛がぜんぜんダメで、普通のフライの方が釣れることも案外あるんですネ。(略)カモの毛と一般的なマテリルをうまいこと組み合わせて使うのも意味があると思います。

※つづきは第109号でどうぞ

点線で囲ったあたりがジュラ地方。ジュラ地方は一般的にカモの尻よりもチーズとワインの名産地として有名。「ジュラ」はラテン語で原生林や森の意で、仏の秘境と呼ばれているエリアらしい。職漁師達がここでどんな暮らしをしていたのか気になる。
「フライフィッシング用語辞典」(川野信之2005) 日本へ初めてカモの毛を持ち込んだ川野氏による大労作。フライフィッシャーなら一家に一冊置いておきたい。版を重ねている必読本
手前は当時編集部が誌上販売した〈KAMO-NO-KE〉のビニール袋(今号42頁参照)。手書きのロゴと〈AAA〉の表示が泣ける。今回中身を確認したところ、羽の品質は超極上品だった。
「The Flies PART3」(佐藤成史1995)。日本の釣り人がイエローストーンへ持ち込んだ〈カモケツ〉フライが米国のガイドを呆れさせた1990年のエピソードは痛快(69頁参照)
「カモの毛フライはなぜ釣れるのか? カモの毛は麻薬である。」島崎憲司郎インタビュー『フライの雑誌』第13号(1990)。初出から27年後の今年、誰でも巻きやすく進化したシマザキフライの「アイカザイム2016」が第109号70頁で発表された。
第109号58ページ
第109号特集◎CDC(カモ尻)大全より
第109号特集◎CDC(カモ尻)大全より
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