先日、故あって2006年発行の季刊『d/SIGN』(デザイン)no.12(太田出版)を読み返した。特集〈心のデザイン〉の中で、島崎憲司郎さんへの編集者の戸田ツトムさんによるインタビュー(というより二人の対談)〈水面下の心理へ… 期待と予測のデザイン〉が掲載されている。
改めてしばらくぶりに読み直すとやはりすごい。初読時から12年たつうちに、読み手の受け取り方も変化してきたのか。願わくばそれが自分なりの進化による変化だとうれしい。
お二人の言葉の端はしに、今まで気づかなかった新しいヒントや謎かけを読み取れる。島崎憲司郎さんの古典的大著『水生昆虫アルバム』を読み返すときと同じだ。時をこえ世代をこえて読みつがれる。
以下、〈水面下の心理へ… 期待と予測のデザイン〉から、気になる箇所をいくつか抜き出します。面白いですよ。
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(戸田) …フライフィッシングは、魚と出会う、魚を釣るという目標に至るまでさまざまな自然の具体性を意識しながら、周囲の自然全体を対象としながら考え、渓谷を上っていく。時には魚を釣るという目的以上に周囲の生態や植生などをはじめ、生態学的な探求に重きがシフトしてしまい、自然科学者以上に微細で深い知見と観察を進めているようなフィッシャーマンに出会うことがありますね、人間からイワナやヤマメの餌である昆虫、そして魚たちとのかかわりがどう見えるのか、そして魚や虫たちはどう感じてるのか。島崎さんはどういった釣りに使う、おもに昆虫を模した疑似餌である「フライ」のデザインをされ、その革新的な考え方によるデザインが同時に「釣れる」、つまり自然の認可を得るという点で、とてもはっきりした評価をもたらしました。
フライフィッシングという自然解読のひとつのその一連、天候、季節や時刻、その水辺だけで展開される独自のエコロジー、水や山のコンディション、そして自らの立ち居振る舞い、選ばれた道具とフライ…これら一連にまつわる選択が「デザイン」を生む、そしてそれがある程度良かったかどうかは、とりあえず魚が釣れたかどうかで知らされる…。その作業の先端に「フライ」がいます。フライ、毛鉤を見慣れ、作り慣れた者にとって、シマザキフライは衝撃的な風景をもたらしました。
(島崎) 釣りというのは、ただ釣れればいいというものではありません。なかなか釣れない魚を何とかして釣り上げるというところに醍醐味がありまして、フライフィッシングという釣りは、長い歴史があるせいか、そういう部分の楽しみ方や引き出しが物凄く多いということでは他に類例がないほど成熟した釣りなんです。あまり簡単に釣れてしまうと逆につまらない。釣れそうなんだけれどもなかなか釣れないことが逆に面白いという屈折した世界です。…
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(戸田) いまだにハヤがお好きだという島崎さんがお勧めのフライはどんなフライですか? なるべく簡単に作れて、しかもよく釣れるものがいいんですが(笑)
(島崎) たとえば今ごろ(6月)なら薄めにタイイングしたエルクヘアカディス、色はなんでもいいです。ハヤだし(笑) サイズは18番。ウグイでもヤマベでも春先や冬はユスリカの羽化などに反応しているので、それに合わせた20番以下の小さなフライが効果的なんですが、夏場は活性が上がっているので18番ぐらいのフライの方がよく反応します。18番のフライをハヤがくわえた状態は、人間がスティックアイスをパクッとくわえたぐらいの感じなんですよね。それだと釣った後にフライを外すのにも手さばきがよくて、すぐ次のキャストに移れるじゃないですか。別に効率を追求しているわけではないんですが、ハヤ釣りの場合は肩がこらない方向がよろしいかと(笑)
(戸田) エルクヘアカディスなら簡単に巻けて肩もこりませんしね。「薄くタイイングする」というのは?
(島崎) ハヤといえども、…
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(戸田) …そういう時に島崎さんは一見ゴミみたいな簡素なニンフを沈めて流して散々いい思いをしているとのウワサですが(笑)
(島崎) それはこのニンフです。素材はヘアーズイヤー(野ウサギの耳)の毛とギターの4弦(D弦)だけです。…このニンフの場合は何か具体的な生き物を写実的に模すというのではなくて、もっと本質的な部分をズバリと突くために特徴をわざとボカしているわけです。見る側の欲目次第で色々なイメージを生成する…能面みたいなものでね。フライというのは、魚の欲目を利用する罠なんです。
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さいごのニンフは、本誌読者ならお分かりのように、〈新装版 水生昆虫アルバム〉特別付録で初公開のシマザキフライズの代表作のひとつ、アグリーニンフのことだ。その他にも、後年2010年に本誌第90号初出のクロスオーストリッチがなぜあそこまでよく釣れるのかを、この時点で暗示させる記述などあって、たいへん興味深い。
季刊『d/SIGN』no.12は現在のところまだ書籍市場で入手できる。島崎憲司郎さんの記事以外も、この誌面でしか出会えない、この誌面で初めて出会う知的刺激に満ちている。ぜひご入手をおすすめしたい。
以下、『フライの雑誌』第72号(2006年5月発行/品切れ)掲載の、〈季刊『d/SIGN』で『水生昆虫アルバム』はどのように紹介されたか。〉を紹介する。
新装版『水生昆虫アルバム』(島崎憲司郎著)は、昨年11月の発行以来、各種の雑誌・新聞で紹介されました。書評には書評者のスタンス、知識の度合い、思い入れが反映されます。媒体それぞれで微妙に(あるいはかなり)目の付け所がちがうのは、『水生昆虫アルバム』という書物の特質ならではとも言えるのではないでしょうか。各書評の内容は『フライの雑誌』Webで紹介しています。
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季刊『d/SIGN』(太田出版)は、先鋭的で実験的な誌面作りと知性の薫り高い企画が、グラフィックデザインに携わる職業人、学生から注目されている「グラフィックデザイン・ブックデザイン・タイポグラフィ批評誌」です。編集者の戸田ツトム氏は著名なデザイナーであり、数々のフライフィッシング関連本のアートディレクションも手がけています。氏の作品を手にされたことがある方も多いのでは。
『d/SIGN』no.12の特集は「心のデザイン」。「水面下の心理へ… 期待と予測のデザイン」と題して、戸田氏による島崎憲司郎氏へのロングインタビューを掲載しています。記事中、数10葉の写真と共に、新装版『水生昆虫アルバム』がこんな文章で紹介されています。「インタビュー本文に挿入されている本の見開きページの写真群は、2005年11月に新装再発売された島崎憲司郎著・撮影・画による『水生昆虫アルバム A Fly Fisher’s View』を撮影したものである。カタログ的にフライパターンの実戦的な情報を紹介する著作がほとんどの中で、本書はフライを通して見た自然が、想像と思考の中に深いリアリティを描き出す世界的な著作である。」
インタビュアーの戸田氏はご自身がフライフィッシャーマンでもあります。釣り人としてデザイナーとして島崎氏の仕事に注目し、シマザキフライは「衝撃的な風景をもたらした」と感嘆しています。10ページの大ボリュームの誌面では、フライフィッシングの匂いがむんむんする2人の会話が、自由闊達な広がりを見せます。
なかでも、新装版『水生昆虫アルバム』特別付録に記載され話題を呼んだ「アグリーニンフ」について言及する箇所はとくに興味深いものがあります。
戸田「島崎さんは一見ゴミみたいな簡素なニンフを沈めて流して散々いい思いをしているとのウワサですが(笑)」
島崎「それはこのニンフです。素材はヘアーズイヤーの毛とギターの4弦(D弦)だけです。…このニンフの場合は何か具体的な生き物を写実的に模すというのではなくて、もっと本質的な部分をズバリと突くために特徴をわざとボカしているわけです。見る側の欲目次第で色々なイメージを生成する…能面みたいなものでね。フライというのは、魚の欲目を利用する罠なんです。」(中略)
戸田「ナルホド。手練手管の詐術というか、悪魔的なまでに巧妙な罠ですネ(笑)」
島崎氏の体験に裏付けされたアグリーニンフのデザイン理論及びタイイング詳説は必読。経験を積んだ眼力のあるフライフィッシャーマン同士の手による、なんともうらやましくなる魅力的な対話です。『フライの雑誌』読者にはきっと愉しめること請け合います。季刊『d/SIGN』デザイン no.12
2006年3月3日発行 太田出版 発行
ISBN4-7783-1009-8 税込1,700円
こちらの動画は、コロラド州フライイングパン川の釣り。冒頭にドライシェイク・カシャカシャシーン。『水生昆虫アルバム』表3見開きモノクログラビアはフライイングパン川のブラウントラウト。
Summer Adventure Series | Episode 1 from Freeskier Magazine on Vimeo.