一昨日と昨日、春の終わりからかぞえていちばんの雨が降った。昨日の昼に川を見に行くと、情けないほど渇水だった川が、生き返ったように、どうどうどうと、吠えるように流れていた。
昨日の夕方に見に行くと、それなりに水が落ちていた。今朝はさらに落ちていた。川のそばに暮らしていると、川が気になって仕方ない。これなら釣りになるかもと、今日の夕方はむりやり川へ行った。
いつもの農作業用の耐油長靴では間に合わないのは分かっているので、渓流用のウェーダーをはくことにした。本当ははきたくない。なぜなら、ご近所でよくないウワサが、またたってしまう。
〈また〉というのは、今年の春先実際に、ひとつのウワサというか、目撃談がこの辺り一体に流布した。まち角での奥さま方の、ひそひそ立ち話の場に、たまたまうちの妻が居合わせた。「このあいだ本格的な釣りの格好をした人が川にいたのよ」「まあ」「なんでこんな川に」。
ふつうはそこで、黙ってうつむいて唇を噛むところだが、「あ、それはたぶんうちの夫です」と笑いながらみずから身バレさせたというから、さすがうちの妻は大したものである。釣り師の連れ合いとして百点対応だ。それなりに鍛えられている。
「まあ、あなたのダンナさんは魚やさんだったの?」ということで、その場は幸せな空気が流れたということだ。
とはいえ、最近は中年男がひとりで公園のベンチに座っているだけで通報される世の中だ。本格的な格好っていうか、ただのウエーダーですよ、などと自分で説明しても、世間様にはなかなか通じない。
平日のまだ明るい夕方に、あやしいおじさんが腰までの黒い長靴をはいて、川のなかでド派手な色の太い糸を振り回しているのは、いかにもあやしい。マクロ経済スライドを発動され、土手からイージス・アショアされかねない。仰角間違っちゃったりして。(よく分かってない)
とにかく今日は水が多い。どうしてもウエーダーが必要だ。庭でこっそりはいて、こっそりと川へ向かった。
まるで犯罪者のように。