それでもなおかつ、ダム計画を強行するならば、これはもう色々な無理が起こってきます。一番目には、作る理由がもうなくなった。二番目には環境への影響が大きい。三番目には国も地方も財政がきびしいなかでお金が膨大にかかる。ダムを建設するには、これらの無理を抑えつけなければいけないということです。
民主党は、マニフェストに記載した子ども手当やその他のお金を、どこからか捻出しなくてはいけない。そのために「コンクリートから人へ」という名目で、予算の使い道を大きく切り替えたというのが、昨秋の政権交代で起こった背景です。
この政権交代については、色々な言い方がされています。秋に起こったからコスモス革命だと言っている人もいますけれども、私は〝サクラ革命〟と言ったらいいのではないかと思います。
なぜかというと、、、
次号第88号『フライの雑誌』の「日本釣り場論」では、水口憲哉氏に〝脱ダム時代は本当に来るのか〟というテーマで語っていただいた。これはその記事からの抜粋だ。
水口氏の言う〝サクラ革命〟とは何か。これがひじょうに面白い。いつ終わるともつかない編集作業でいいかげんくたびれた私の脳は今やメメクラゲ状態にあるのだが、そのメメクラゲが半熟プリンのようにぷるぷる揺れて喜んでいる。
『魔魚狩り』(水口憲哉著/小社刊)のときもそうだったが、水口憲哉氏の仕事は、彼が10年20年といった長い月日を積み重ねてきた一つのテーマをいよいよまとめようとするときに、世の中の動きが後追いでそれに同調してくる。
水口憲哉氏の新刊『桜鱒の棲む川』で論考している〝ダムをやめればサクラ咲く〟というテーマは、民主党新政権のうたう〝コンクリートから人へ〟という新しいムーブメントと、結果的にシンクロしている。水口氏はそのことをべつに狙ったわけではない。自分の仕事を続けていたら、世の中の流れがこちらに寄り添ってきたというだけだ。
『桜鱒の棲む川』がどこまで社会に刺さる矢となるのか。編集部としても期待がふくらむ。メメクラゲとか言っている場合ではない。