ずいぶん前、二丁目のバーで朝の遅い時間に、顔見知りの常連客のピーちゃんから、勝手にカラオケをいれられた。
「歌って。」
イントロが流れている。聞いたことはある。はやっているらしい。
「歌えないよ。知らないもん。」
「えー、うそ。ぜったい歌えるって。」
ピーちゃんが両手でマイクを持って、はいどうぞ、と花束のように渡そうとしてくる。首が右に30度傾いている。鼻の下に髭が浮きはじめている。
「なんで俺が歌えるの。」
「だって前にレゲエ好きだって言ってた。」
あうう。たしかに君とボブ・マーリーとルーツ系の話をしたことはある。でもこれ、一生一緒にいてくれや、じゃん。
がんばって歌えないことはないが、ピーちゃんはぜったい途中で「じゃあ、あたしも。」とか言って入ってくるにきまってる。ピーちゃんはわたしのことが好きだ。
ピーちゃんは中途半端なマッチョで、白いタンクトップを好んで着る(今夜も)。なにかとさりげなく身体をぴったり寄せてこようとする。顔だちもちょっとだめだった。ピーちゃんと一生一緒にいてくれやのデュエットはきつい。
わたしは断じてピーちゃんのマイクを受けとらなかった。ピーちゃんごめん。
知らない歌を「ぜったい知ってる。」と他人から断定されたことは前にもある。俺そういう星の下に生まれてるのかもしれない。あのときはハマショーだった。誰もがー。
始祖の巨人であるランキン・タクシーさんは大好きだが、ランキンさん以外の、ジャパレゲと呼ばれる一群の歌詞には、どうも苦手意識がある。
今朝、ふと思いたって、サブスクで最新のジャパレゲを久しぶりに端から小一時間聞いてみたところ、みなさんの歌詞はこんな感じだった。
友だち大好き
地元が大好き
がんばれ俺
ニッポン大好き
達観未来
めざせ出世
ほんとはビッグなこの俺が
地球がだいじ
恋に恋するラブソング
親に感謝だ、ありがてえ
夏だわっしょい!
あの夏を忘れない…
ぼっちはいやだぜ
お前、最高のおんな
おとこ見せたる
歩いていこういつまでも
ずっとずっと幸せにするよ
大事なお前がいて欲しい
一生一緒にいてくれや
遠い目をした元ヤンキーに人生を説教されるみたいなノリが八割方だった。すっごくラスタだ。
本場ジャマイカのダンスホールなはやり歌も、歌詞は似たようなものなのかもしれないが、自分は英語がわからなくてよかった。
///
フライの雑誌社では、ここに来て日々の出荷数が増えています。「フライの雑誌」のバックナンバーが号数指名で売れるのはうれしいです。時間が経っても古びる内容じゃないと認めていただいた気がします。そしてもちろん単行本も。
島崎憲司郎さんの『水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW』は各所で絶賛されてきた超ロングセラーの古典です。このところ突出して出荷数が伸びています。