せっかく電話をくれたので
私が北国ででかいニジマスをかけて大喜びしていたあいだ、編集部の留守電に「『海フライの本2』が欲しいんですけど」というメッセージとともに携帯電話番号が残されていた。
帰京して折り返してみると、まだ若そうな声の男性が電話に出てくれた。どこかのアウトドアショップの店頭で『海フライの本2』を見かけて一冊欲しいと思ったのだが、近所の書店を回っても見つからなかったそうだ。いつものことだが、すみませんと謝った。
『海フライの本2』は日本語で書かれた今のところ、唯一の海フライ・タイイング本である。日本で最初の海フライ本である『海フライの本』ともどもすでに品切れだが、両方とも増刷はできそうにない。せっかく電話をくれたのだからと、編集部蔵出しの分を通信販売で一冊送って差し上げることにした。喜んでくださったようでこちらもうれしい。
30歳は若いか
日曜日の午後とあって、ちょっとお話ししていいですかと断ってから、先方のご様子を電話でうかがってみた。聞くと、フライフィッシング自体は管理釣り場で二、三回経験がある程度だとのこと。釣りそのものの経験もあまりないらしい。
年齢を聞くと30歳だそうで「若いですね!」と驚いたら、かえって先方が「そうですか?」と驚いていた。今のフライフィッシングの世界で30歳と言えば若い方だ。でも30歳を「若い!」と驚いたこちらの対応は、少子高齢化が加速度的に進んでいる日本でも少しズレているのかもしれない。
日本も捨てたもんじゃない(?)
電話の向こうの彼が言うには、〝波のある海でフライフィッシングで魚を釣りたい。でも海ではフライの人を見たことがない〟。道具もこれからそろえるのだそうだ。海フライに関する知識を混乱させないように最低限だけ伝えた。そして、彼の住所に近い海フライに強いショップを何軒か教えて差し上げた。
適切な道具を持つことの大切さと売ることの難しさは、『フライの雑誌』の連載「悩まないフライマンたちへ」で鹿児島の中馬達雄さんが、繰り返し書かれている。そのニュアンスを彼にざっと伝えた。
さらに、この中馬さんという人は海フライの経験値では間違いなく日本一、ひょっとすると世界一ですよ、と伝えた。すると彼は声を弾ませて、「ほんとですか! 日本も捨てたもんじゃないですね!」と言った。
いつでも電話ちょうだいネ
今の30歳前後は、日本の経済成長を経験したことがないという。なるほどこれが「ロストジェネレーション」と呼ばれる世代の反応か。そんな呑気なことを思ってニコニコ笑っていた私はバブル世代ど真ん中である。
この仕事を続けていると、たまのこういう出会いがたのしい。さっき初めて話したばかりだと言うのに、フライフィッシングで分かんないことがあったらいつでも電話ちょうだいネ、と我ながら必要以上に妙に親しげに語りかけてしまった。
初めての海フライ、初めての一匹への道のりは遠いだろうけれど、その遠さが喜びを増幅させる。