通称「赤貧本」の編集裏日記第3回目の今回は、赤貧版元がいかにしてお金をかけずに新刊を広告宣伝するかの内部事情を明かす。正確にいうと、お金をかけずにではなくてフライの雑誌社のような万年赤貧版元では、ただ単純に宣伝にあてるお金がない。そこでお金のかわりに手間と時間と怨念をかける。その手のウチを聞いて笑っていただければ幸いです。
『フライの雑誌』を利用する広報について
小社が新刊を出す際、まず広報の根っこになる媒体としては、自社定期刊行物の『フライの雑誌』がある。編集権が自社にあることをいいことに、著者のインタビューやら新刊内容のプレビュー掲載やらをしかける。これは『フライの雑誌』の読者からの評判も良いことが多く、編集する方も楽しい。
もっとも『フライの雑誌』は季刊誌なのでやれることは限られる。あとは定期購読の皆さんへ雑誌を送るときに、勝手に新刊案内を同封させていただいている。こころ優しい定期購読者の皆さんは、フライの雑誌社の単行本ならと多くの方が新刊も買ってくださる。本当にありがたい。小社は定期購読の発送はぜんぶ自社内でやっている。ときどき発送代行の業者さんが営業してくるが、「すみませんうちはお金ないです」と言うとたいていすぐに電話を切られる。
インターネットを利用した広報について
フライの雑誌社ウェブサイトへ新刊告知を出す。赤貧なのでもちろん外部へのクリック広告とかは出せない。一生懸命に内容を考えて自社サイトへアップするだけである。昨年のサイトリニューアル以降、小社のウェブサイトへのご来訪者は格段に増えた。あとはこまめにブログを更新する。日々ヨワい頭ながら常に次の新刊や雑誌の企画を考えているわけだから、更新のネタがないということはない。手間をいとわなければ毎日更新できるはずなのだ。
小社ウェブサイトには今春から編集人個人のツイッターも連動させた。最初は面倒くさかった。たった140字で意味のあること語れるはずないだろうと。しかしツイッター経由での新規の読者さんも多くなってきて、最近は積極的に利用している。本当にどうでもいいこともつぶやくし外部へも反応しまくっている。TweetDeckのアラームがデスクトップの端っこで常にひゅんひゅん唸っている状態だ。うるさいんだよねあれ。
チラシ展開について
新刊が出る半月ほど前に、小社の出版物の取次さん(問屋さん)である地方・小出版流通センターさんに、書店さんへの折り込みチラシをお願いする。全国の約1000軒の書店さんへダイレクトにチラシが届くので、期待は大きい。うまくいけばすぐに取次さんから注文が入ってくる。
小社とおつきあいのある全国数百軒の釣具店さんへも、チラシを封入したダイレクトメールをメール便で送る。チラシ裏面は注文書になっている。興味を持ってくださったショップさんは、即ファックスで注文を出せる。ただ釣具業界はもうこのところずっと景気が悪く、ショップさんもきつそうだ。
だいたい書店チラシと釣具店チラシへの反応で、その新刊の初動が分る。
チラシの仕様と「折り折り」について
「チラシ」のデザインはもちろん社内で制作する。『フライの雑誌』と単行本の印刷は、美術印刷で世界的に評価の高い(株)東京印書館さんへ全面的にお願いしているが、チラシだけは激安チラシ専門の印刷会社へ依頼する。残念だがチラシの印刷クオリティには多少目をつぶるしかない。チラシはもっとも汎用性が高いB5サイズで、4C/4Cで制作・印刷しておく。いまどきのチラシ印刷は表裏4色でも表4裏1色でも費用はあまりかわらない。
地方・小出版流通センターさんにお願いする折り込みチラシは、4つ折り状態で納品する必要がある。印刷会社さんに機械折りしてもらえばあっという間だが折り加工には別途費用が発生する。小社ではとうぜん社内で手折りする。これは社内で「折り折り」と呼んでいるひじょうに大切な作業である。「さ、折り折りしようか」「よし、折り折りしよう!」という風に使う。1000枚のチラシを手折りするのに2人で約3時間ほどだ。折っていくうちにどんどんスピードアップして最後の頃にはハイになってくる。
仕上がった4つ折りチラシのものすごい束を両手で拝み、地方・小出版流通センターさんに手紙を添えて宅配便で送る。そのときの心境は「かならず戻ってきて」とサケ稚魚を放流する地域の小学生みたいなものである。「注文もらってくるんだよ」とおまじないをかけておく。
メディアへの書評依頼について
テレビ、雑誌、新聞といったメディアへダイレクトチラシをメール便で送る。ぜひ貴社の媒体で私どもの新刊を取り上げてください、という書評依頼の一文を添えてある。だいたい500通くらい出すが、そのうち書評として取り上げてくださる媒体は3%にも満たない。
それでもPRというのはPRすることそのものに意義がある部分もある。どうせ取り上げてくれないもんな、なんて後ろ向きなことは言わない。とにかく腰を低くしてマキビシのように情報をばらまくしかない。ことによったらチラシに続いて、本の実物も連続的に相手へ勝手に郵送で送りつける。そのときの心境は「しっかり読まれてこいよ」と選手を送り出す高校野球の監督みたいなものである。「おもいっきりやってこい」と背中をポンと押す。
ここまでの作業は基本的に私が全部やる。外注できないという費用的な理由はもちろんだが、他の仕事を脇において自分でやりきることで、なにかしらの情念みたいなものが乗り移るんじゃないか、というひじょうに時代錯誤な思い入れがある。だから定期刊行物が遅れたりする。
チラシの「折り折り」だけはボランティアさんに手伝ってもらう。「折り折り」をひとりでやったこともあるが、最後の方には指先がすれて大変だった。「一人折り」はできるだけ避けたい。
ダメもとでもばらまくには意味がある
基本的にフライの雑誌社の刊行物にはすべて一級の力があると思っている。本の内容の質と版元の規模はまったく関係ない。しっかりとした読み手の手に届きさえすれば、皆さんその内容に驚いて、きっとどこかで話題に取り上げてくださるはずだと信じている。
その届けるのが、難しい。なにしろ日本ではいま毎日200冊以上の新刊が発行されているという。いくらキラキラ光っていても、広大な砂浜に埋もれているだけでは通り過ぎられるだけである。だからせいぜい自分でワアワアと声をあげるしかない。
「オモシロい本がここにあるよ!」と。
(つづく)