カタストロフ、あるいは消えた湖

フライマンにはアクアリスト率が高い。フライマンは自然と水辺を愛しているので、いつもお魚といっしょに暮らしていたいのだ。フライマンどうしが顔を合わせれば、「エンゼルが巨大化しちゃって」とか「水槽用のクーラー高いよね」とかの会話がしばしば交わされる。「離婚の原因は?」と聞かれて「寝室を飛び回る水生昆虫に嫉妬されちゃってさ」と答えれば、その場は盛り上がる。やがて哀しき。
かくいう私は、現在は自宅に熱帯魚水槽が3本ある。ひとつはアフリカンシクリッド、ひとつはファロエラ、もうひとつはダニオの産卵用である。水槽3本というとけっこうやってそうに聞こえるかも知れないが、『フライの雑誌』に連載中の某君(川崎市在住)は、「飼っていたアロワナが飛びだして死んじゃったんで食べてみました。硬くて。」と言っているくらいなので、そういうやばい系の方々からすれば、私のアクアライフなんて子どもの遊びである。
そんな私が、昨日の早朝は「ちゃぷちゃぷ」という爽やかな水音で目が覚めた。夢うつつのなかで、ああ、気持ちのいい水音だなあ、と思った。やっぱり水槽がある生活はいいなあ、釣り師の本懐だ、と。しかしちょっと待ってね。
寝室の隣りのリビングに置いてある水槽の外部フィルターは、ふだんは「しゅぼしゅぼ」という心地よい水音を奏でているのだが、今日に限って「ちゃぷちゃぷ」なのである。「ちゃぷちゃぷ」だって?
頭は半分眠ったままベッドを抜け出してリビングに入ってみて、足の裏がじゅぶっと濡れた。うわ、リビングが湖になってる。劣化した外部フィルターの排水ホースが水槽を飛びだし、リビングにじゅぼじゅぼと勢いよく放水している。すでに90センチ水槽の3分の2を放出済みで床は水深3センチ以上。
ふだん私は自分をわりと冷静沈着な男だと思っているのだが、このありえない事態に遭遇してまず思ったことは、「逃げたい」だった。ホースを水槽の中に戻してそれ以上の被害を食い止め、次いで思ったのは「隠蔽しよう!」という強い意志だった。やっぱりおれ冷静だな。
それから2時間、カビくさい臭気を放つ床の湖を大量のタオルで必死に拭い、ようよう池くらいになったときには自宅のタオル在庫はすべてなくなっていた。洗濯機を起動。さらにトイレットペーパーを投入して池が湿地くらいになったときに、ついに発見された。「こんな朝早くから掃除してるの?」「(平静に)うん、そう」「ふうん」。こういうときに、普段の家事担当実績とコミュニケーション努力がものをいうのである。私が危機管理大臣になればいい仕事をすると思うがどうか。
我がアクアリスト生活で最大のカタストロフであった。というか、人生で最大の危機であった。ふう。