私が『フライの雑誌』の編集人を預かったのは、2003年11月の第63号からだ。それ以降に始まった連載の中で、最長不倒記録を更新しつづけているのが、鹿児島の中馬達雄氏による「悩まないフライマンたちへ」である。
最新90号の「フライロッドの性能って、何だ?」で連載第26回となった。好きな人は大好きだが、興味がない人は一切読まないという連載記事の典型だ。じつは『フライの雑誌』にはそんな連載が多い。
中馬氏は鹿児島市谷山でフライショップ「夢や」を経営している。台風の時以外ほぼ毎日、海へ釣りに行く。ポイントは自分とお客さんとが一緒に蓄積した過去10年以上のデータノートに、びっしり書き込んである。行く場所に迷うことはあっても、不自由することはない。夜明け前から片道150キロを走るときもあるし、店から5分の港のときもある。
ポイントに着くと、ひょいと30ヤードばかり投げて魚の気配を伺う。一投でやめて移動する日もあるし、朝の開店時間ぎりぎりまで一カ所でたっぷりと釣りつづける日もある。その魚の釣りのシーズンの始めには、フライパターンとラインシステムとリトリーブを色々試し、情報をお店のお客さんに伝える。それをお客さんがブラッシュアップする。
海に「探りを入れる」と表現するそんな生活を、中馬氏は還暦を迎えた今年までもう30年以上続けている。それが仕事だと思ったら到底続けられない日々ではないかと、勝手に推測する。いずれにせよまちがいなく日本でもっとも海フライの経験が豊富なフライマンだろう。ひょっとすると世界一かもしれない。
その中馬氏のお膝元の鹿児島へ、一泊二日で行ってきた。これで三年連続、通算四回目の鹿児島行きである。今回は中馬さんからの電話で、「3キロものの天然カンパチとハマチがいま入れ食い。いま来なさい」と言われてすぐに飛行機のチケットを押さえたのだが、実際の出発は12日後の便になってしまった。
そんな悠長な対応で、果たして青物釣りが成り立つのだろうか。なにしろ青物は女心以上に気まぐれなのだ。女心よく分らんのに魚なんかもっと分かるわけがない。
…以下『フライの雑誌』の次の号で、鹿児島の海フライの魅力と日本各地での海フライの可能性について紹介します。
ところで、私はしばしば飛行機を使って釣りには行くくせに、飛行機に乗るのが大嫌いである。基本、あんな巨大な鉄が空に浮くのはなにかの間違いだろうと信じている。だから映画『沈まぬ太陽』を観たときには「だよね。」と膝を打った。
「どうせ墜ちるんならでかいカンパチ釣った帰りに墜ちてくれ。バルス! ※1」
はた迷惑で危険な呪文を唱えつつ、私は鹿児島へ向けて空の人となった。
ああ、飛行石が欲しい。