渓流魚の「人工産卵床作りに汗を流す」は間違いです。

日本ではじめて渓流魚の人工産卵場造成の技術を公にした中村智幸氏の『イワナをもっと増やしたい!』の刊行以降、渓流魚の人工産卵場つくりは各地でブーム的に行われているようです。ただ、著者の中村氏も本文中で解説し、再三にわたり『フライの雑誌』誌上でも触れているものの、なかなか修正されない勘違いがあります。

現在までの技術では、渓流魚の「人工産卵場」は作れますが、「人工産卵床」は作れません。仮にイワナやヤマメ向けに、だいたい2メートル四方の人工産卵場をつくったとして、そこへ魚がやってきて複数の産卵床を掘ってくれる(実際に産卵してくれる)場合もありますが、なにかが気に入らなくてひとつのペアもまったく産卵してくれない場合も多々あります。人間のやることなんてそんなものです。ここはだいじなところです。

もうひとつ、『イワナをもっと増やしたい!』にも繰り返し書いてあるように、人工産卵場の造成はあくまで、自然産卵ができない状態になってしまった渓流で魚を増やすための、次善の策です。自然産卵、自然再生産ができる川を残すことが、なにより魚を増やす最善の方策です。

そこを間違うと、ほうっておけばせっかくイワナやヤマメが自然状態で産卵する川へ、わざわざ人間がツルハシを持ち込んで川床をほじくりかえし、自然産卵を妨害することにもなりかねません。

とくに、まだ充分に自然が残っている地方や山奥の渓流においては、あえて人工産卵場を造成する意味はまったくありません。『フライの雑誌』第92号の釣り場時評で、水口憲哉氏は西湖のクニマスに〈ほっといてくれ〉と言わしめました。それと同じです。

このあたりのくわしい情報はぜんぶ『イワナをもっと増やしたい!』に書いてあります。イワナやヤマメをたくさん増やしたいと思われる方は、ぜひ『イワナをもっと増やしたい!』を読んでください。

「人工産卵場」の情報をはじめて世の中にだした本の版元として、まちがった認識が広がるのはつらいです。

よろしくお願いします。

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※漁業法上の「増殖」とは何かを規定する通達文(下記参照)では一律「産卵床」と記載されています。なので、行政が作成する書類上では渓流魚でのそれも含めて「産卵床造成」と記されます。しかしイワナ、ヤマメ・アマゴの「産卵場」は作れても、「産卵床」は作れないのが現状です。

漁業法第127条でいう「増殖」とは、人工ふ化放流、稚魚又は親魚の放流、産卵床造成等の積極的人為手段により採捕の目的をもって水産動植物の 数及び個体の重量を増加せしめる行為に加え、堰堤等により移動が妨げられている滞留魚の汲み上げ放流や汲み降ろし放流もこれに含まれるものとし、養殖のような高度の人為的管理手段は必要としませんが、単なる漁具、漁法、漁期、漁場及び採捕物に係る制限又は禁止等消極的行為に止まるものは、含まれません。(昭和38年の漁政部長回答)

イワナとヒトが長くつき合っていくために 重版