〈2013年もありがとうございました。年末特別大感謝セール〉を開催します。

知り合いの知り合いの若い皮革職人さんが独自ブランドを立ち上げて7周年だとかで、カバンやベルトのストック品のセールをやって好評を博している。それを見て、うらやましくなった。

わたしもなにかアニバーサリー・イベントセールやりたい。なんのアニバーサリーにしようかと頭をしぼったところ、きわめて属人的なできごとではあるが、最初に就職した会社をクビになってから来年でたぶん20年になる。クビ記念というのが情けないが20周年なら切りはいい。クビだけに。

とはいえ「会社をクビになって20周年特別セール」ではちょっとあんまりだ。そもそもわたし以外の人には意味がわからない。だったら今はちょうど年末だから、「2013年もありがとうございました。年末特別大感謝セール」くらいでどうか。クビ20周年と全然関係ないが宣伝なんてそんなものだ。指摘されたら実はバナメイエビでしたって頭下げればいい。芝エビだと思って高いお金をだしたのにまさか牛脂注入肉だったとは!と怒り出す客にはテーブルの脚でも食べさせておきましょう。

さてアニバーサリーの名目も、セールのタイトルも決まってよかった。ではなにを売ろう。皮革職人さんならカバンを売るがわたしにはなんの芸もない。手持ちであるのはせいぜい熟れきった中年おっさんのダルな肉体くらい。15になったあたしが売るのは自分だけで〜、と20世紀末の椎名林檎は歌っていた。おっさんだって胸を張って、どうせ役立たずの緩みきった自分を売ろう。二丁目に捨てるゴミなしときく。どこかのじゅぶじゅぶな変態にはこんなゴミでも売れるはずだ。でもわたしのカラダは一個しかないからセール品には向かない。はい却下。自分で言い出したわりにはあっさりしてるな。

今日まで四十数年間、成り行きだけで過ごしてきたために、わたしの人生にはこれといった特色がない。自分なりにいろいろ手を出した気もするが結局どれも中途半端だった。根本的にこらえ性がないんだろう。ほんの少し顔を突っ込んでみたいくつかのダンジョンには、それぞれのジャンルごとに人としてのすべてを突っ込んでしまっている廃人級がぞろぞろいらっしゃった。逆に言えば、そういうラスボスな廃人に叶うわけがないと初手からベタ降りすることで決定的な敗北を回避し、何とか生きながらえてきたのがわたしの四十数年だった。ライフがゼロになる前に逃げ出せばクリアはできないがゲームオーバーを先延ばしにすることはできる。

そういうわたしに唯一売るものがあるとすれば、今年出した単著の『葛西善蔵と釣りがしたい』くらいだ。実質上の自費出版本だからこれをセールしたからといって、ひと様に大してご迷惑はかからない。『葛西善蔵と釣りがしたい』をタイムセールにしてフライの雑誌社のホームページで売る。タイムセールって、刺身売ってるんじゃないけどな。いつから刺身屋になったんだと読者から文句言われるかな。そしたら特製舟盛りもあります、って切り替えそう。それくらいの機微を分かってくれるのが『フライの雑誌』読者である。

よく考えたらセールの名目は「新装閉店! 年末大売り出し」でもいい。新装開店ってなに? と言われたら、いや編集部の模様替えしたんで、とか答えたらさらに笑ってもらえるかもしれない。実際昨日すこし模様替えしたし。紙パックから注いだフレッシュジュースくらいの新装開店で申し訳ない。パチンコ屋なら新装開店はタマ出るはずだ。

通常価格税込み1575円の『葛西善蔵と釣りがしたい』をタイムセールで売りだすには、セール価格が1200円じゃ高いだろう。900円くらいにしておくか。いや待て。せっかく赤字覚悟のセール価格なのに1冊も売れなかったら立ち直れない。ここは安売りスーパーマーケットらしく、税込み価格888円にしておこう。うちはスーパーマーケットではないけれど。

とは言いつつ、本なんて安ければ買ってもらえるものではない。それは20数年前にミニコミ誌を作って創刊号を100円で売りだしたのに誰も買ってくれなかったときから、わたしはよく分かっているつもりだ。自分なりの力作があまりに売れなくてショックを受けた19歳のわたしが考えたコピーは、「みんなが僕を追い越していく…。」だった。それを第2号の表紙に刷ったら当然余計に売れなくて、人生が嫌になった。でも中には数は少ないけれどわたしのしごとを面白がってくれたひともいた。おかげで、たくさん売れなくたって一握りでも分かってくれる人がいればそれで幸せなんだ、と資本主義的にまちがった方向へ進んでしまった。どうしてくれるんだ。

今思う。たとえばあそこで心を入れ替えてとにかくたくさん売るほうへ方向転換できる人物だったら、もっと別なわたしの今もあったろう。ひょっとしてパラレルワールドのわたしは、秒速で1億かせいで運転手の頬を手でなでているのだろうか。もしくはひと山いくらのアイドルグループのバックで、笑顔をふりまきながらクチパクで踊っているのだろうか。どっちもむり。

結局わたしは自分がいやなことはしたくなかった。なにかの岐路に立ったとき、たったそれだけのシンプルな、分かりやすいようで分かりづらい基準で、進む方角を選んできた。いやなことはしないで日々がすぎていけばそれでじゅうぶんすぎるくらいに幸せだ。そして好きな時に魚でも釣ろう。水面のわずかなヨレが釣り師の教典だ。

長々しい前説でした。

「2013年もありがとう。大物一発入れ食い祈念・年末特別大感謝セール」を実施します。今年の単行本新刊で、粋な旦那衆すじからたいへんに評価の高い『葛西善蔵と釣りがしたい』のアウトレット品を、セール特別価格で販売します(多少の棚ずれなどがあるものの新本です)。

セール期間は本日から。セールの終了日は内緒です。疾風のように始まって、疾風のように終わります。年末年始のひまつぶしに『葛西善蔵と釣りがしたい』をセール価格でどうぞお楽しみください。下の写真をクリックすると特設セールページへ移動します。

※おかげさまで予定数に達しましたのでセールを終了しました。ありがとうございました。次回のセールは12日(木)です。

オビがスレているのがお分かりになると思います。おおむねこの程度の棚ズレとお考えになってください。本文には汚損はいっさいありません。もちろん新本です。(フライリールは含まれません)
オビがスレているのがお分かりになると思います。おおむねこの程度の棚ズレとお考えになってください。本文には汚損はいっさいありません。もちろん新本です。(フライリールは含まれません)