「いや出目金はいちばんつよい」

次号99号の発送に使う紙テープ類を買うために近所のDIY屋さんへ行った。平日の午前中はお客さんも少ない。お目当てのテープと茶封筒を山のように抱えたまま、ちょっと「ペット&観賞魚コーナー」へ寄ってみた。とくに何を買う目的がなくても、「ペット&観賞魚コーナー」がある店に行ったらそこへ顔を出すのがわたしのデフォルト行動様式です。とりあえず棚に並んでいるカメ用のエサを手にとったが、うちのあさ川キャンディーズ用のレプトミンはまだたっぷりあるのは最初から分かっているので戻す。意味ないですね。

すると隣から、「こういうのなのかなぁ?」「どれ。うわ高! そこまでするのもどうかなあ。」という会話が聞こえた。観賞魚のヒーターコーナーの前で、若い男女二人連れがヒーターを手にとっている。横目で観察した。男のひとのほうはニットキャップをかぶってバギーパンツ、女のひとのほうは金髪にバギーパンツ。おそろでバギーパンツ。背中しか見えないけどたぶんやんちゃな感じ。20代なかばかな。「こっちの方がいいんじゃね。26℃固定って書いてある。」「これは45リットル用だって」「入れときゃ寄ってくるだろ」。どうやら観賞魚用のヒーターをどれを買うかで悩んでいる様子だ。

あ。話しかけたい、と思った。このDIY屋さんは観賞魚用品を置いているだけで知識のある店員さんはいません。たいしたことはないけどわたしは一応アクアリスト歴30年以上です。マニアの方には比べるべくもありませんが、ヒーター選びくらいは分かります。〝ヒーター入れときゃ魚の方から寄ってくる〟とか、そういうことじゃないですから。でも、見ず知らずの方へ声かけるのはちょっとなぁ。意味もなくまたエサの箱とかをさわりながら、さらに聞き耳を立ててみた。「この〝水作くん〟って何」「フィルターだろ」「替えのアレがあるかどうかが問題」。

ああ、水作くんですね。あれは小さい水槽にはいいかもしれませんが、ろ過能力は低いです。あなたの水槽は何センチですか。と、わたしの心の声が叫んでいる。こんなときあっけらかんと話しかけられるキャラだったら、おれの人生もここまでもう少し何とかなったかもしれないな、なんて余計なことも脳裏をよぎった。なんか一瞬にして切なくなってきちゃったよ。

わたしはけっきょく話しかける勇気をだせないままにその場をはなれた。コピー用紙のコーナーに向かい、定期購読者さん用のDMに使うB5用紙の束を抱えて、レジへ向かおうとして、…ああ、でもなんかやっぱり気になる。今日はこれから99号の発送準備もしなくちゃならないのに。よし、もう一回戻ってさっきの人たちがまだあそこにいたら、話しかけてみよう。

戻りました。まだいました。悩んでるオーラがびんびんに発散されている。わたしはいったん彼らの背後を意味もなく通りすぎた。チラッと右の流し目で見た後、ええいままよと、左側から首を傾げて「あの、なんか飼ってるんすか?」。

わたしに近い方に立っていた女のひとが、ちょっとびっくりしたようにこっちを見た。むかしの全女の渡辺知子をもっとかわいくした感じ。奥で男のひとがこっちを見た。背はわたしより低いけど総合格闘技の昇侍選手みたいなワイルドな感じ。その昇侍がギラッとこっちを見た。ああ、やっぱりこわいです。彼女ナンパしようとしてるんじゃありませんから。茶封筒とコピー用紙と紙テープを両手に抱えてる中年のおじさんに、ペットコーナーでいきなり話しかけられたら、そりゃ警戒しますよね。おれ、満面の笑顔モード。「あ、いえ、なんか飼ってらっしゃるのかな、って」。

女のひとがフッと笑って、口を開いてくれた。「金魚なんですけどぉ」。金魚と聞いた時点で(やばいか)と思った。わたしは熱帯魚はそこそこやってるけど金魚はそれほどくわしくない。こいつららんちゅうオタクだったりしたらどうしよう。「病気になっちゃったみたいでぇ、白いぽつぽつがぁ」。ヨカッタ、それは白点病です。よくはないが大丈夫。お役に立てそうです。

聞くと、60センチ水槽で金魚(和金?)2匹と出目金1匹とドジョウを飼ってるという。冬になってから病気が発生してしまい、すでに2匹の金魚が死亡。残っている和金2匹も白点病でだんだん弱ってきているとのこと。出目金弱いでしょ、と聞いたら「いや出目金はいちばんつよい」と二人が声をそろえた。

金魚の白点病対策としては、水草をとりだすこと、ヒーターで水温を28℃くらいにあげてみること、ろ過材を交換して砂利ごと洗ってみること、まあそれくらいでしょうか。薬については個人的にはあまり信用していません、まあ適当に。そんな感じでにこやかに喋ったが、その間、昇侍の方がじっとこっちを見ているのでこわい。でも時々、彼女が笑ったと同じタイミングでにこっとしてくれる。

ひと通りわたしの持っている知識を、押しつけがましくならない程度で伝えた。女のひとが「どうもありがとうございます。助かりました」と言ってくれた。去り際に「いやー、なんか話聞こえちゃって、喋りたくて仕方なかったんです。お邪魔してごめんなさいね。」とわたし。昇侍がまた笑った。なんだいいやつじゃん。

わたしはふたりにペコッとお辞儀したあと、にこにこしながらレジへ向かった。自然と笑みがこぼれる。なんかいいことしたみたいにいい気分だ。思いきって声かけてよかったなあ。レジに並んだところで、ふと思い出した。「半分の水換えを毎日やってみるといいですよ」って言うの忘れた。

あー。戻るか。いやー。

『フライの雑誌』最新第98号 特集◎シマザキ・ワールド13 島崎憲司郎
『フライの雑誌』最新第98号 特集◎シマザキ・ワールド13 島崎憲司郎