「二人のハゲ。」

はるかむかし、初めて北海道へフライフィッシング旅行に出かけた際、北海道に着いたらぜひやろうと、決めていたことがあった。それは頭をボウズにすること。

人生初めてのボウズは、宿に泊まれない貧乏バイクツーリングにおける必要性と、これから1ヶ月、脇目もふらず釣りまくることへの自分への気合いのつもりだった。片眉をそり落として街への未練を断った山ごもり中のマス大山みたいなものだ。

2泊3日の航海の後、勇躍カーフェリーで釧路港に到着すると(当時はまだ東京-釧路間のフェリーがあった)、その足で町の床屋さんの扉を開けた。若い頃はちょっときれいだったろう理容師のおばさんが、「北海道はヒグマがいるってみんなばかにするけど、私は見たことないわよ。」と言いながらクロスをかけてくれ、私の顔を覗いて、「どうしますか。」と聞いてきた。私はただひとこと「ボウズにしてください。」と宣言。

そのとき私は、当時流行の肩までかかるほどの長髪だったので(流行ってないって)、おばさんは一瞬びくっとした。「聞こえませんでしたか。ボウズにしてください。」。私はもう一度注文した。「…ほんとにいいんですね。」。おばさんの声はすこし震えていたと思う。

おばさんは電動バリカンをスイッチオンすると、いきなり私の前頭葉のど真ん中にバリカンをガリガリ食い込ませてきた。うおっ。まさかそこからくるとは思っていなかった。もうやっぱりやめたって言えない。はやくも大後悔。「いっそつるつるにしちゃう? それとも五分刈りくらい?」。なぜかおばさんはすごく楽しそう。一気に落ち込んだ私は、「五分刈りくらいにしといてください…。」。三つ子の魂百までというが、ここらへんのいざとなると弱気な性格は今もずっと変わらないのがつらい。

道東を2週間釣りめぐったあと、地方紙の記者として北見市に住んでいた学校の先輩を訪ねた。待ち合わせの駅前にバイクで乗りつけると、なつかしい横顔が見えた。バイクを降りて歩いて近づいていったが気がつかない。目の前に立って「センパイ!」と言いながらヘルメットをとったら、ようやく気づいた先輩は「おまえどうした、そのハゲ!」。ハゲじゃないです、ボウズです。

オリンピックで背信の投球をしたダルビッシュが、マー君に強制して2人ともボウズになり、坊主頭を二つ並べた写真をアップしたブログ記事を見た。タイトルは「二人のハゲ。」。ダルビッシュは若くて野球もうまくてかっこよくて、タイトリングのセンスもいい。同じヒトにうまれてこうも違うなんて、これって格差社会? と雨宮処凛に相談したくなる今日この頃である。

さて、北海道でのあの日から20数年、「お前そのハゲ!」と言い放った先輩は今は東京に住んでおり、自分が本物のハゲになった。私はまだ徳俵に詰まりながらこらえている感じだ。

9月新刊、釣りをとおした環境教育『宇奈月小学校フライ教室日記 先生、釣りに行きませんか。』