反原発で有名な研究者「熊取6人衆」と同じ京都大学の加藤真さんが、第27回南方熊楠賞を受賞した。産經新聞が報じている。
加藤真さんの『瀬戸内海の原風景と生物多様性』(2010)は、本誌連載中の水口憲哉さんが、原発が漁業に及ぼす影響を40年に渡る研究をまとめた大著『原発に侵される海―温廃水と漁業、そして海の生きものたち―』(2015)でも引用されている。
加藤真さんが〈学術の動向〉誌(2011)へ発表した論文がネット上で公開されている。抜き出して以下紹介する。
本件について釣り人の立場からさらに深く知るための参考資料を記事末にリンクした。
太平洋の西端に南北に連なる日本列島弧は、陸も川も海も、世界でもまれに見る、豊かな自然と高い生物多様性を付与されてきた。地震、火山噴火、津波、大雨、台風といった天地の鼓動は、この地域にとりわけ顕著であり、この列島弧の自然をつくりあげるのに大きな貢献をしてきたはずである。人々は、それらの天地の鼓動を自然災害と呼び、それらが人間生活に与える影響をできるだけ小さくするために、多くの構造物を作り、自然を改変してきた。その行為のほとんどは、列島弧の自然を損なってきたのであるが。
日本海の成立以降、日本列島は豊富な雨量を約束され、その水の流れが、特徴ある地形と環境を形作る。急傾斜のままで海まで流れ下る川、滝の連続する渓流、玉砂利が敷きつめられた中流、地下伏流水の多い礫質の河口、玉砂利の礫浜などである。これらの地形が作る多様な環境は、日本列島の生物多様性を非常に豊かで特徴あるものにしてきた。アユが日本列島の川を象徴する生物である理由は、玉砂利の清流が世界のどこよりもこの列島に集中して分布していたからである。
東北地方太平洋沖地震は、津波によって海岸地域に甚大な被害をもたらしただけでなく、福島原子力発電所の炉心溶融事故を引き起こした。冷却系を失った原発は炉心溶融に至り、大量の放射性物質を環境中に放出した。生まれ親しんだ土地から退去を余儀なくされた人々は10万人を越え、少なくとも数十年にわたって居住できない広大な土地が残された。
環境中に放出された大量の放射性物質が、人々のがんや免疫不全の増加、平均余命の短縮、早期老化、先天的異常の増加をもたらしただけでなく、ヒトで見られたそのような影響がさまざまな野生生物においても見られたということである。
拡散した放射性物質は、環境中から、そして体内に入った場合は体内から、放射線を放出し、生物の遺伝子の損傷を引き起こす。生殖細胞であれば、子孫の遺伝的異常を、体細胞であればがん化をもたらす場合が多い。汚染地域から逃れるすべを持たない生物たちにとって、事故を起こした原発の周辺は、生存と繁殖が深刻に脅かされる地獄である。
海の自然を損ねている元凶は、干潟の埋立、護岸工事、港湾の浚渫といった海岸の改変であるが、原子力発電所からの大量の温排水の流出の影響も危惧される。
原発に取り込まれる冷却水には、付着生物駆除のために殺生物剤(主に次亜塩素酸ナトリウム)が投入されるため、莫大な廃熱とともに、通常運転時ですら、海の生物多様性を著しく損ねている2。原発の温排水が、藻場を破壊し、海岸の生物群集を激変させてしまうという報告3があるにもかかわらず、日本では、ウニや藻食魚ばかりを悪者にして、原発の温排水が磯焼けに与える影響についての研究・報告が皆無であるのはなぜだろうか。
原発震災のリスクを過小評価して、電力不足をあおり、脱原発時の電力料金の上昇を誇張して、原発の早期再稼働を唱える方がいる。原発は国策であるためにさまざまな利権を生んできたが、そのような利権への固執から解放されて科学的な思考をすれば、ふるさとを失うほどの危険性を秘めた発電手段にそこまで固執する理由はないであろう。
原発震災は取り返しがつかない結末をもたらす。私たちの生活は生物多様性とともにあり、ふるさとはその地方固有の生物多様性に彩られていたはずである。長期間にわたって居住できないような土地を生んでしまうような原発震災は、だからこそふるさと喪失を招くことになる。福島で起こったことは、下北半島で起こるかもしれないし、若狭湾で起こるかもしれない。
日本の生物多様性は、世界に誇るかけがえのない資源であり、賢明に利用すれば永遠に幸と富をもたらす希望である。原子力発電は「安全でクリーンで経済的」であるはずがなく、原発震災の危険を常にはらみつつ、放射性物質による汚染を子孫に残す、負の遺産である。破局的な原発震災の危機から日本が脱するために、可能な限り早く、原発推進の国策を転換し、核燃料サイクルを放棄し、すべての原発を看取るべきだろう。
「東日本大震災による生態系や生物多様性への影響|日本列島弧の生物多様性と原子力発電所 ─未来への希望と負の遺産─」
加藤 真
〈学術の動向〉(2011.12) ※PDFで全文公開中