「映画ひみつのアッコちゃん」を見てきた。

「映画ひみつのアッコちゃん」の試写を見てきた。

わたしは世界で最もオタクなフライフィッシング専門誌『フライの雑誌』の編集をしている。先々週、寄稿者さんのお一人から電話をいただいた。「試写会来ませんか。ひみつのアッコちゃんです。」。ハードコアな『フライの雑誌』寄稿者のなかでも、とりわけメダリスト級のマニアックさで鳴らすその寄稿者さんの口から唐突に「ひみつのアッコちゃん」という単語が出たときは、自分がいまどの星のどういう時間の流れにいるのかよく分からなかった。

でも試写会なんてめったにない機会であるので、大喜びで伺った次第。

恥ずかしい話だがオリジナルの「アッコちゃん」は読んでいない。1970年代にガンガン再放送されていたアニメの「アッコちゃん」は見ているけれど、世代的にはずれる。だから原作への思い入れが強くない分、実写化されたと聞いても、「釣りキチ三平」の実写化の時のようには違和感はまったくない。

いやしかし、なんで2012年の現代に実写版「アッコちゃん」が映画化なのかという違和感は、最初にタイトルを聞いた時点であった。その違和感のシッポナをひきずったまま、当日は試写会場の椅子に座った。…いま思わず「シッポナ」と書いてしまったが、これはもちろん「アッコちゃん」の愛猫の名前である。有名ですよね。

さてこの映画はまずキャストがすごい。俳優さん事情に詳しくないただの釣り人の私のような者にでも、「えーこのひとがでているんだ」という演者がずらりとそろっていた。〝今をときめく〟という形容をとりあえず全員につけて間違いない。内田春菊の「総理夫人」は怪演。もたいまさこの「大株主」も異様にはまっていた。ドランクドラゴンのかっこいい方(どっち?)がいい仕事をした。

「ホタルノヒカリ」でちょっとおつむのあったかい女性役に危ないほどはまっていた綾瀬はるかさんが、主役のアッコちゃんである。10歳の少女が魔法のコンパクトの力で心は10歳そのままに身体だけ22歳になっておとな社会にちん入し、天真爛漫な子どものペースに周囲のおとなたちが巻き込まれていく。

おとな社会からすれば、22歳のアッコちゃんのおつむのあったかさはしゃれにならない。その点で役者は綾瀬はるかさん以外にはなかった。これほんとに演じているの? と思うくらいのあったかさ。でもこういう時代だし、頭はちょっとあったかいくらいのほうがいいのかも。お互い頭があったかければ戦争もおきない。ほんわかした状態で殺しあいはしません。刑務所の壁をピンクに塗ったら暴動が激減したともいう。というわけで映画ではアッコちゃんのおつむのあったかさが、岡田くんも会社もニッポンも、そして自分の未来も救ってしまいます。あったかいのいいな。

映画のストーリーは公式サイトを見てもらうとして、上映の最初から最後まで、マクラでくすぐって、きっちり仕込んで感動を盛り上げて泣かせもあり冒険活劇もありので、あっというまの2時間だった。さいきんのマンガ原作邦画にありがちな、原作世界を換骨奪胎することに気をくだくあまりに、お話が支離滅裂に走って最後に破綻しちゃいましたごめんなさい、ということはまったくない。魔法のコンパクトの設定以外は、まるでオリジナルの上質な現代劇です。タイトルで避けるのはもったいない。

家族で安心して観に行けて充分楽しめる保証。綾瀬はるか目的なら尚すばらしい。十二分にご満足いただけます。全篇を通じての60年代ファッションがとてもカワイい。役者目的で出かけるのは映画の正しい見方に決まっている。だからひいきの役者には軽々しくCMなんかに出てほしくないわけです。タダで観られてしまってはいざというときの感動が減る。

自分は中年のおやじであるが、アッコちゃんがスクリーンの中で困った顔をしているときは、客席でこっちも困った顔になり、スネてみせればいじいじスネてみて、笑顔がパアッと輝けばおじさんもパアッと輝くといった具合で、たいへんいそがしかった。ひじょうにエモーショナルなひとときをすごした。今どきこういう体験は映画以外ではなかなかない(あとは釣りくらいかな)。今回いっしょに試写を見た私たちは二人とも釣り好きの中年なわけだが、二人で並んで同じタイミングでとなりでクックッと身悶えしているのが分かった。我ながらちょっときもかった。

「ひみつのアッコちゃん」の連載開始は1962年。少女がなんらかの条件でおとなに変身するという日本の変身少女ものの始祖であるらしい。ちなみにアッコちゃんは10歳と22歳を行ったり来たりするが、「ふしぎなメルモ」(1970年)は9歳から10歳スパンで若くなったり老けたりする。ぐっと下って「魔法のプリンセス ミンキーモモ」(1982年)では、12歳から18歳へ変身。メルモもモモもいずれも変身シーンがいちばんの見物であることに同意してくださる方は多いはずだ。ぬぎぬぎしますでしょう。「キューティハニー」(1973年)の変身シーンがもっとも見物であることは言うまでもないが、あれはアンドロイドなのでちょっと。

では「映画ひみつのアッコちゃん」での綾瀬はるかさんの変身シーンはどうか。それは映画を観てのお楽しみに決まっている。子役のアッコちゃん(12歳)がおそろしく美少女で、彼女が最初におとなに変身するときは勝手にいろんなことを想像して正直びびった。これは水生昆虫のハッチ(羽化)の瞬間を観察することに普通じゃない執念を燃やすフライフィッシャーにとっては、当然の反応であることを強調しておきたい。意味がわからない人は『フライの雑誌』でも読んでください。

四捨五入すれば30歳に手が届くおとなの女が高校生みたいなチェックの制服を着て若いのに混じってテレビで歌い踊っているのはイタい、イタすぎると以前から感じていた。でもあれもさなぎから成虫に変身するもう戻れない不可逆な瞬間を永遠に定着したいというカワイイ思いの表れなのだと、「映画ひみつのアッコちゃん」を見て思った。すさんだ中年もまたひとつまたおとなになった。優しくなれた。カワイイは中年も救う。

ここまで書いてきて、ふと「魔法のプリンセス ミンキーモモ」に続いての魔法少女ものであった「魔法の天使クリィミーマミ」(1983年。10歳から16歳へ変身)の終わりの歌をさりげなく口ずさんでいる自分に気づいた。「そうよ おんなのこの ハートは 星空に月の 小舟浮かべ…」と、歌詞もメロディもほぼ正確にでてきた。29年ぶりだ。