テレビでも新聞でもラジオでもネットでも、広告を載せる商業媒体はみんな同じだが、雑誌はふつう企業からの広告費で経営が成り立っている。おカネをくださる旦那さんの悪口は、書けない、書かない、言わない、言えないのが人としての当たり前だ。資本主義社会である以上、その関係性自体はわるいことではない。ただ当然、誌面には広告主と雑誌の「旦那さんとその手下」的な関係性が反映する。おカネと引き換えに紹介記事を載せることを、パブリシティとかステマとかヒモ付きとかいう。
複数のメーカーから出ている商品を、誌上で比較する雑誌企画がある。公正な検証のためには、本来はとりあげる商品をぜんぶ自分で購入しないといけないが、費用面でも手間の面でもなかなかたいへんだ。一般的には、編集部がメーカーに依頼して無料で商品を集める、「無心」という方法がとられる。さも公明正大な視点からまとめた記事のようであっても、誌面にラインナップされている時点で、一定のバイアスがかかっている。そこに緊張感は生まれない。
いまNHKの朝ドラで花森安治さんの仕事を題材にしている。花森さんの『暮しの手帖』は、生活用品のあれこれを編集部が自腹で購入して誌面で紹介する、独自の商品テスト記事で人気を集めた。くらべた一覧はここがくわしい。当時の『暮しの手帖』の商品テスト記事は、世の中に注目され、読者からたいへん信頼され、雑誌は売れた。
『暮しの手帖』にとっての「旦那さん」は読者だった。カネ持ちにおもねる三河屋さんや越後屋さんの垂れ流す提灯記事よりも、神出鬼没で自由自在なゲリラ・ジャーナリズムの方が面白いのは、当たり前だ。(三河屋さんや越後屋さん、ごめんなさい) 時の政権へすりよって番組改編するわ、権力者へ批判的なキャスターを降ろすわ、たっぷりうまいメシ食うわで注目されているNHKが、このタイミングで『暮しの手帖』を扱うのは面白い。どう描くのかなあと思う。
雑誌史で栄えある『暮しの手帖』さんを前振りに使うようで申し訳ないが、『フライの雑誌』も創刊編集長の中沢さんの方針で、創刊以来一切パブリシティというものをやったことがない。
たしか15、16年前のことだ。広告を出してくれたことのある某メーカーの商品を、「あんなのおれは絶対買わない。」と執筆者が書いている連載記事を、そのまま誌面へ載せた。するとすかさずそのメーカーの社長から、広告担当だったわたしの携帯に電話がかかってきた。まあ当然だと思うがえらく怒っていて、今後一切の関係を切ると宣言された。さすがにまずいと焦ったわたしは、編集長の中沢さんへすぐ電話で報告した。
すると電話の向こうの中沢さんは、先方の態度をふふん、と鼻でわらった。「子どもだなあ。いいよ、べつに。」と、顔の前のハエでも無視するように流した。広告担当のわたしの立場と気持ちをみじんもそんたくしない、そのびくともしなさは見事だった。あの場合、社会的に「子ども」なのは中沢さんの方じゃなかったろうかと、わたしは少しだけ根に持っている。
あれから時間がたって、中沢さんの後ろをついているわたしは、もはや肉体的に充分すぎるほどおっさんになった。ときどき自分の姿を写真で見ると誰だよこれとショックを受けて、まじで絶望的な気分になる。しかしどれだけ見てくれがおっさんになっても、心意気だけは「子ども」でありたい。「子ども」なわたしは、金もうけのために旦那さんへこびへつらうつもりはない。『フライの雑誌』にとっての「旦那さん」は読者だけだ。そしてわたしも読者の一人だ。
わたしは今、ティムコさんの新商品、TMCシマザキ ストレッチボディ SHIMAZAKI Stretch Bodyにはまっている。(もちろん自腹で購入した。) これは本音のマテリアルだ。すごい。ボディ材としての使い勝手がいいだけではない。一種のタイイング革命が起きた。
この10数年、ティムコさんから広告をもらっていない本誌は、提灯を持つ必要はまったくない。また、わたしにはまだ20代だった頃、ティムコの当時のえらいひとからやられた、イヤーな思い出がある。書かなくてもいいのに『葛西善蔵と釣りがしたい』へ書いたくらいで、いまだに鮮明に覚えている。だからどちらかというと、ティムコは個人的に全然好きな会社ではない。う、言わんでもいいことを言ってしまった。いいんだよ、こっちは「子ども」なんだから。
そういうこととは関係なく、TMCシマザキ ストレッチボディの拡張性はすごい。タイイングが気持ちいい。かんたん。フライタイイングにおける発想が自由になった。これまでの制限から解き放たれた。タイイングが面白い。どこらへんが革命なのか、できれば次号で記事にしたい。
相当なひねくれ者を自認している方も、とりあえず下の動画を見て自分で一回ストレッチボディを使って、フライを巻いてみることをおすすめします。ある程度のタイイングのキャリアのある方なら分かるはずです。
前段でこれだけ身を呈して余計なことまで言ってるんだから、わたしの言ってること、今回は信じていいと思うよ。
以下は、昨日の釣り。