『ブロッケンの悪魔 南アルプス山岳救助隊K-9(ケーナイン)』(樋口明雄著)書評

第27回日本冒険小説協会大賞と第12回大藪春彦賞をダブル受賞した樋口明雄さんの最新書き下ろし作品、『ブロッケンの悪魔 南アルプス山岳救助隊K-9(ケーナイン)』が出た。「樋口明雄」は名前で買える数少ない作家さんの一人。本人が〝幕の内弁当〟と呼ぶ幅広い手ゴマの中から、今作は作家がもっとも得意とするところの〈山と犬〉で直球勝負をかけてきた。

九月の半ば、山梨県警南アルプス署地域課山岳救助隊は登山シーズンを乗り切り、
救助の技術を磨くため訓練の日々を送っていた。
救助隊員の星野夏実巡査は、移動中、何度か不審な登山者たちを見かける。
無言で苦行僧のように厳めしい顔、ふつうの登山者みたいな恰好をしているが、、、

版元の内容紹介文はこんな感じ。

樋口さんの人気連作「南アルプス山岳救助隊K-9(ケーナイン)」シリーズでおなじみの面々が、それぞれの個性を存分に発揮して、役割分担よろしく、縦横無尽に活躍する群像劇の疾走感がすばらしい。今作では気のいい山小屋のバイト兄ちゃん「松戸君」がキーマンとして登場。きわめて危険な目に遭いながら、夏実王国の住民として獅子奮迅の働きを見せる。でも役にたっているんだか怪しいし、命張ってるわりには逆に迷惑かけてそうなのが哀しい。果たして愛すべき松戸君の運命は、どう考えても無理っぽい恋の行方は。そして、狙われた東京都民の明日と愚かな政治家どもの末路は。

わたしはこの本を東京から博多へ釣りへ行く途中の、暖房が効いたのぞみ号の車中で読みはじめ、ふと気づくと名古屋・新大阪をすっとばして岡山の手前だった。時速300㎞で並行移動しながら標高3000mの死闘に振り回された。読み終えてページをとじた。くらんくらんする頭に心地よさを覚えながら、ふうー、と息をつき、ちょうど通りがかった車内販売のお姉さんにオレンジジュースをお願いした。喉を通るその美味しさと言ったらなかった。

『ブロッケンの悪魔 南アルプス山岳救助隊K-9(ケーナイン)』は樋口明雄さんの最高傑作といっていい完成度だ。書店業界の目利きと意識の高い系の読者からの評価が高くて、発刊以来、品薄が続いているらしいのは頷ける。気になっている方は一刻も早く入手することをおすすめします。オレンジジュースを美味しくいただくには『ブロッケンの悪魔』、最高のマリアージュです。まして読了して自宅のリビングで一気に飲み干すキンキンに冷えたビールをや。

樋口明雄さんの得意に、本当はもうひとつ〈釣り〉というジャンルもあるのだけど、残念ながら本作には登場しない。なぜなら舞台が九月の半ばだから、もう渓流釣りは禁漁期に入っているからだ。樋口さんの釣り文を読みたい方は、初のエッセイ単行本『目の前にシカの鼻息』、『フライの雑誌』の連載記事でお愉しみください。

ちなみに星野夏実巡査は『フライの雑誌』第103号の樋口さんの連載「きたりもん釣り倶楽部 12」にゲスト登場。評判がよかったようで、徳間文庫版『ハルカの空 南アルプス山岳救助隊K-9』に転載されています。

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