駄菓子屋の混沌に育ち、縁日の猥雑にあこがれ、買い食いが大好きな私には、台北はまさにめくるめく天国であった。市内のあらゆる路端にひしめき蠢いている清潔とは言えない屋台の群れを見たその一瞬でスイッチが入った。着いたその日の夜から自分の買い食いの限界への挑戦が始まった。魯肉飯、担仔麺、牛肉麺、蚵仔煎、大腸麺線、甜不辣、鴨頭舌、牛腱切片…。目につくものをかたっぱしから食べていった。パッと頼めばパッと出てくる。間髪入れず電光石火で腹に収めてゆく。はいっ、はいっ、はいっ、はいっ。〝わんこ小吃〟(わんこシャオチー)と命名した。
なるほど、基本は中華料理だけど東南アジアのフレグランスが加味されて、複雑微妙な味わいだ。しかも同じ料理でも屋台ごとで味が違う。これはなかなか。もぐもぐ。むがむが。うまいぞうまいぞ。こんなことでいいのか、いいんだいいんだ。小吃一皿はどんなに高くても日本円にして500円を超えない。いくらおいしくても不当に高価な食べ物は断乎拒否するが、小吃の安価さはむしろ不当すぎて申し訳ないというか、でもウレシいっていうか。もぐもぐ。むがむが。
食べている際中に思いだしたが、そもそも今回の台湾行きは、今度の新刊『桜鱒の棲む川』(水口憲哉著/フライの雑誌社刊)発行に際し、サクラマスの一族である台湾固有の希少なサラマオマスを調査しよう、というのがそもそもの動機だった。こんなに買い食いしてばかりでは、なんのために台湾まで来たのか分からない。こんなことでいいのか、いいんだいいんだ。もぐもぐ。むがむが。ああ、サラマオマスが遠のいてゆく。
というわけで、今回の台湾行きは、サラマオマスの棲む高山地帯の川へたどり着くどころか、ずっと手前の、騒々しさ満点の台北市の夜市で沈没してしまった。私が釣ったのは屋台の釣蝦場の手長エビだけである。それさえも釣った直後に屋台のおばさんが「シオヤキ?」と日本語で尋ねてくるので「対対(ドゥイドゥイ)」と即答し、焼いてもらってその場で食べてしまった。面目ない。でもうまかった。ごちそうさまでした。台北気に入った。また行こう。
釣りをしない旅行がこんなに気軽で楽しいとは、40数年間の釣り師人生のなかで今回の発見だった。この面白いパラドックスには後日触れたい。
追記: あまりに食べ過ぎて常にお腹が苦しい状態がずっとおさまらず、帰国してからも一週間ほどはソーメン中心のこざっぱりとした食生活に甘んじたことを報告する。 (おしまい)
エビ釣りはこんな感じ。