【公開記事】産業管理外来種とは何じゃらほい 国策で増養殖が奨励されてきた外来種、ニジマス(水口憲哉)

釣り場時評80

産業管理外来種とは何じゃらほい

国策で増養殖が奨励されてきた外来種、ニジマス

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

『フライの雑誌』第107号(2015年12月24日発行)掲載

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ニジマスは、産業管理外来種としてこれまで通り養殖や放流を
行ってもお構いなしになった。この〝産業〟とは、漁業、農業、
水産に限られ、サービス業や製造業は含まれていないようである。
というのはブラックバスの場合は…

年の始めにしめ切られた 環境省の外来生物に関するパブリックコメントの結果を年末に総括してみる。

これまで、特定外来種とか要注意外来生物とか指定していたがあまりにも大雑把すぎて批判も多く都合が悪いのでもう少しメリハリをつけて対応するというのがパブコメの趣旨のようだがややこしく屁理屈だらけのその内容に対してコメントのしようがない。

それでも釣りに関する魚種を中心に整理すると次のようになる。

国外由来の外来種を大きく三群に分ける。

一)定着予防外来種 ノーザンパイクなど、魚類では二一種。(見たこともない、知らない魚ばっかり)

二) 総合対策外来種 これも三群に分ける。
①緊急対策外来種:魚類では、アメリカナマズ、ブルーギル、コクチバス、オオクチバスの四種のみ。(再指名手配という感じ)
② 重点対策外来種:タイリクバラタナゴ、カダヤシ。(どうしようというのだろう。要は何もしない、何もできないということか。)
③その他の総合対策外来種:ソウギョ、コクレン、ペヘレイ、カワマスなど二四種。(食用等で導入したが実害を申し出る人もチクル人もいないのでどうでもいいやというその他多勢)

三) 適切な管理が必要な産業上重要な外来種(産業管理外来種) レイクトラウト、ニジマス、ブラウントラウトの魚類三種とセイヨウオオマルハナバチの昆虫類の計四種のみ。

セイヨウオオマルハナバチは特定外来生物に指定されており、農業関係者からの反発が大きかった。定着初期、分布限定という定着段階とのことだが、レイクトラウトのそれは、定着初期、限定分布と微妙に異なる。わからない。

ニジマスとブラウントラウトは共に分布拡大期~まん延期という定着段階で旧要注意外来生物である。

レイクトラウト、ニジマスとブラウントラウトが産業管理外来種に指定されたが、一般には殆ど知られていない。私も知らなかった。次の調査でもそのことは明らかになった。

今回はレイクトラウト、ニジマスとブラウントラウトが産業管理外来種に指定されたが、そのもつ意味を考えてみたい。

ただし、このように指定されたことは一般には殆ど知られていない。私も知らなかった。次の調査でもそのことは明らかになった。

まず、ニジマスの養殖生産量一二〇〇トン近くと日本一の生産県である静岡県の内水面漁場管理委員会に電話をしてみた。

県内二七内水面漁協中一六漁協がニジマスを漁業権魚種としてもいる。県担当者はニジマスが産業管理外来種に指定されたことを全く知らなかった。今年四月から新任の担当者だとしても課内でも全く話題にもなっていないようである。その後外来魚について少し話したがそれなりには知識をもっていた。しかし、反応がイマイチである。

考えてみれば静岡県というのは海面漁業が盛んだしバスフィッシングでもあまり聞かない。県内水面漁連が外来種問題にあまり熱心ではないのであろう。

同じ十一月十一日に長野県内水面漁場管理委員会にも電話したが、その前にそのHPを見てみた。

オオクチバス等の再放流禁止の見出しで、まず七年前の漁場管指示第八号が掲示され、次いで今年三月付けの漁場管指示第十八号でこの指示を解除している。これは前期の漁場管で筆者が野尻湖漁協の組合長達と野尻湖でのオオクチバスとコクチバスのリリース禁止を実施しないように決定させたことの結果である。平成三〇年までその解除を継続するということである。

そして、「特定外来生物の拡大を防ぐために」という長野県の六ページにわたる広報の中では、生息拡大が危惧されている特定外来生物としてアライグマ、ウチダザリガニ、セイヨウオオマルハナバチの三種が特別に詳しく紹介されている。そしてこの三種については、県自然保護課への目撃情報提供が求められている。

どこを探しても、ブラウントラウトとニジマスの名前はない。

それも当然で、県の担当者は、電話で尋ねたら、二、三分無音になり、ああありました、と応答があった。ネットで確認していたようである。環境省からも水産庁からも何の通知もなく、知らなかった、何もやっていません、ということであった。それではこれ以上聞きようがないので話は終わった。

最後に、情報提供有難うございましたと言われたのにはまいった。なお、筆者が前期漁場管の委員だったことはよく知っていて、お世話になりましたとも言われた。

最後は、本命の北海道内水面漁場管理委員会である。

電話をする前にこれまでのいきさつを整理しておくと、ブラックバス、ブルーギルの次に問題となる外来魚として、北海道ではブラウントラウト、カムルチー、カワマスが検討対象となった。北海道内水面漁場管理委員会は、二〇〇三年(平成十五年)にこれら三種の移殖放流禁止の指示を出した。

その結果、同じ外来種のニジマスも危ないかもという心配のもと、日釣振北海道地区支部等が翌年道水産林務部にニジマスを規制対象としないようにと要望書を出している。

その後、釣り人の同様の働きかけも活発化する中で、本年五月二六日の道外来種対策検討委員会は、チョウセンシマリスやアメリカザリガニなど十二種を指定外来種とし、ニジマス、カブトムシ、ゲンジボタルの三種は除外した。

道漁場管は、ブラウントラウトの際に全道公聴会を実施したり大変な思いをしているので今回のことは全てお見通しであった。道よりゆるい国の指定は何の問題も無いのである。

水産庁も同様のようで、二〇一三年の漁業権免許一斉更新の際に、新たにニジマスを漁業権魚種として認めないようにというお達しが道にあったというのを初めて知った。

このように、前記二県とは異なり、教えられることも多い長く内容のある電話での意見交換を行った。そして、最後にどうもご苦労様ですと言われた。

このような電話をして、こんな言葉をもらったのは初めてであった。

以上のことから、今考えていることわざを三つ紹介する。

一) 敵の敵は味方: 北海道の漁場管にとって、外来魚駆除を声高に言う、北大を始めとする大学の研究者達は、敵とまでは言わないまでも困った連中であることは確かである。そして筆者は、そのような〝原理主義者〟たちにとってにくたらしい、いやな存在であることも確かであり自覚している。そこで、共通の敵に対する電話での一時的共同戦線が組まれたという訳である。

二) 江戸の敵を長崎で討つ: 北海道の〝原理主義者〟たちは外来魚問題をいっぱいやりたいのだが、本命のブラックバスは北海道の大沼等ですぐに駆除され、北海道にはいなくなってしまった。そこで、東京での環境省の外来生物の委員会に長崎ならぬ北海道のブラウントラウトとニジマスを申し立てて次の本命にしようとした。

三) 皮を斬らして肉を切る : それに対して、北海道の水産関係者や釣り団体は、ブラウントラウトでゆずる代わりにニジマスを守るという形で、外来魚問題をどうにか切り抜けた。ちょっとちがうかな、いや北海道の関係者の中には同意する人はいると思う。

以上最後に残る感想は、闘いすんで、日は暮れる。というものである。

ニジマスは産業戦士と言ってもよいほどに
日本の内水面漁業においてよく取り扱われた魚種である。

ところで、ニジマスは産業管理外来種としてこれまで通り養殖や放流を行ってもお構いなしということになったので、静岡県や長野県ではそのことすら知らなかった訳である。

この産業とは何か。漁業、農業、水産ということに限られ、サービス業や製造業は含まれていないようである。というのは、ブラックバスの場合は、遊漁業や釣り具業界にその管理をまかせるということにはなっていないからである。

しかし、ニジマスは産業戦士と言ってもよいほどに日本の内水面漁業においてよく取り扱われた魚種である。

一八七七年(明治十年)アメリカからの卵移入を起源とする日本のニジマスは、内水面のサケ・マス類の中で、アメリカからの技術とその卵導入により、人工ふ化と養殖の技術が一番最初に確立されている。

そのこともあって、戦後の内水面漁業の漁業権制度で最も多く人工種苗が放流され、ある時期最も養殖生産量の多いサケ・マス類であった。養殖生産量のピークは一九八二年の一八二三〇トンで、以降減少し、昨年は四七九六トンと四分の一弱となっている。

ピーク時は一位、現在二位の長野県で明科に魚類増殖場を創設した一九二八年(大正十五年)は、農林省が水産増殖奨励規則を公布した年でもある。具体的には、補助金によりニジマス卵とカワマス卵を北米から多量に輸入し、各地に人工ふ化事業を拡張し、日本における養鱒事業発展の基をつくることであった。

この明科の養鱒場(後の長野県水産指導所)で、ニジマス養殖技術の確立に一生をかけたとも言える谷崎正生さんの回想が本誌四七号の日本釣り場論に、「こうしてわが国のニジマス養殖が可能になった」として七ページにわたって掲載されている。中沢編集人と谷崎さんの熱き思いが伝わってくる。

一八七九年(明治十二年)、アメリカ帰りの津田仙が持ち帰ったリンゴの苗木を長野県上内水郡三輪村の原善之助が植栽したのが信州りんごのはじまりとも言われている。共に信州の風土と人の気質が一つの産業に育て上げたとも言える。どうでもよいことだが、一〇〇年以上前に外国から移入したものは外来生物法の対象としないという扱いを思い出してしまう。

このニジマス養殖生産での大きな事件というか養殖量増大の引きがねになったのがアメリカ輸出であった。一九五三年より本格化し、最も輸出量が多かった一九七一年には三〇八四トンにもなり、米、加、欧へ長野、静岡、山形等から出荷された。しかし、一九七三年のドルショックでそれも激減し、生産されたニジマス販路を国内消費や遊漁に求めざるを得なくなった。

定着し、自然繁殖するということが、北海道で
外来魚問題において、ニジマスが問題視される理由でもある。
いっぽう本州では、自然繁殖する水系が非常に少ないということが
ニジマス利用における難問となっている。

このようなニジマス養殖生産の流れの中で独自な働きをするのが北海道である。

一九一七年に中禅寺湖から、さけます内水面水試の前進である北海道水産試験場千歳支場に移入された卵がニジマス養殖の始まりと言われている。

一九六〇年前後、ニジマス養殖事業が、道南地方では凶漁対策の一環としてクローズアップされたりして、少しずつ拡大し、平成になって一二〇〇トンレベルのピークを迎える。

しかし、バブル崩壊とともに観光地での消費がなくなり、ここ数年は二〇〇トン程度にまでその生産量が低落している。しかし、養殖場から逃げたり、放流したり、町起こしとして観光の目玉にしたりということで道内に広く分布し、生息するようになった。

結果として〝北海道では一九九六年までに七〇を超える水系で本種の生息が確認されており、自然繁殖して優占種となっているところもある。〟と日本生態学会編集の外来種ハンドブックで書かれるまでになっている。

この定着し、自然繁殖するということが、北海道で、外来魚問題においてニジマスが問題視される理由でもある。いっぽう、本州では、自然繁殖する水系が非常に少ないということがニジマス利用における難問となっている。

しかし、ウィキペディアのニジマスにおいて、外来種問題の項の最後に、次のように書かれることが、外来生物問題におけるニジマスを見えにくく、ややこしくしている理由なのかもしれない。

『なお、日本国内の水域で自力繁殖を繰り返すという意味での定着はしにくいニジマスであるが、釣魚、食用魚としてのニジマスは国民の間に文化的定着が完了している。ザリガニにおけるアメリカザリガニと同様、二〇世紀末の時点で既に単に「マス」といえばニジマスを指し、「マス釣り場」=「ニジマス釣り場」を意味するようになっている。』

北海道で自然繁殖が多く見られ、本州では大量に放流してきているにもかかわらず自然繁殖が殆ど見られない。この問題について、本州で真正面から立ち向かい取り組んでいるのが、本誌で前号より「ニジマスものがたり」の集中連載を始めた加藤憲司さんである。

加藤さんは、熊野川水系上流部山上川や、多摩川支流の数カ所で自然繁殖が見られることの調査研究報告を学会誌等で報告しているが、この連載ではその背景や調査研究する者の思いがていねいに述べられている。

加藤さんは水産というか内水面漁業の研究者だから外来魚問題についてはニジマスに関する限り関心を示していないようである。しかし、本州のニジマスの自然繁殖に関する研究者が加藤さんを始めとして必ず引用する一つの論文というかエッセイがある。

それは、「日本の淡水生物─侵略と撹乱の生態学」の中の川那部浩哉著〝ニジマス─放流すれど定着せず〟という三ページの文章で、なかなか含蓄に富むものである。

なお、一九八〇年に発行された、川合禎次、川那部浩哉、水野信彦編著のこの本に筆者は〝オイカワの分散とヒトの生活〟という文章を求められて書いた。

しかし、侵略という語の使用を始めとしていくつかの点で川那部さんと数回の手紙のやりとりの後に、筆者が求められた原稿の手なおしに応じなかったので結局掲載拒否ということになった。

拙著『反生態学』(一九八六年どうぶつ社)にその原稿は収録してある。なお、今から思えば、この「日本の淡水生物」はその一〇年後くらいに火を吹いた外来魚騒ぎの口火であったとも考えられる。

このことについて話し出すとキリがないのでわきに置き、本筋のニジマスがなぜ本州では定着しないのかにもどる。

その後の研究で、現在は次の三点がその要因と考えられている。

一) 自然繁殖が可能な大型成魚が放流された水系に残らない。

二) もし自然繁殖したとしても生まれた稚魚が日本の急流では出水時に下流にまで流されてしまう。

三) そこで成魚放流を行なったとしても、釣られやすく、釣り人に釣り切られてしまう。だから、加藤さんが書いているように、山上川では地元の人々が禁漁区としてニジマスを保護したから自然繁殖をくり返し定着したものと考えられる。これは皮肉で面白い研究結果ともいえる。

だったらどうすればよいのかということは、加藤さんがこれから書いてくれるかもしれない。

(了)

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