今日も午後二時きっかりに、おいも屋さんの声が遠くから聞こえてきた。あ、おいもが来た、と認識した瞬間に私は走り出していた。おじさんが行っちゃう前に買わなくちゃまたたいへんなことになる。
私が玄関を飛び出したとき、おじさんは車のなかからまっすぐ私を見ていた。ふたりの視線が合った。おじさんは〈よ。〉と言ったかどうか、かるく右手をあげた。政治家のようだ。
おじさんはゆったりとした動きで車を降りてきて、軍手をはめ、軽トラの荷台の釜のふたを開けていつものように聞いてきた。
「なんぼん?」
私は本来はここで「一本でいいです」と言うべきなのは分かっている。私はそんなに毎週おいもをたくさん食べたいひとではない。でもおじさんの顔に刻まれた人生のしわの深さを見ると思わず口に出てしまう。「1000円分ください」。
「はいよ」
おじさんは釜から子どもの頭ほどもある巨大なおいもを二本だしてきた。ドンと渡されるとずしりと重い。食べきれるわけがないいもの量だ。どうすんだこれ。それに1000円のおいもは私にとって安くはない。1000円あったらおいもの他にも使い道はいろいろあると思う。でもしかたないのだ。だって私はパブロフのおいもだから。
おじさんに1000円はらってお礼を言うと、両腕に抱いた袋越しにあつあつのおいもの熱を感じた。(また買っちゃった)。かすかな自責の念とともに満足感を覚えながら私は戻ろうとした。
すると背中で軽トラのドアがバタン! と閉まった。えッ、と思う間もなく、おじさんの軽トラは次の猟場へ向けてすごい勢いで走り去っていった。遠ざかるおいものうたがドップラー現象を起こしていた。
ああ、そんなあからさまな。私はもう用済みですか。
(いっちょあがり)
というおじさんの声が聞こえたような気がした。