なまずの棲む川のほとりで

『フライの雑誌』次号第89号がようよう手離れとなった。今号もまたたくさんの方に助けられた。

毎号の編集作業中はできるかぎりのベストは尽くしているつもりだが、原稿が自分の手を離れた瞬間にもっとできたはずだと口惜しい。しきい値はすこしづつ上がっている気がするので、少しでも長くこんな繰り返しを続けていきたい。ていうか続けさせてください。@皆さん。

ライズってなんのこと?

昨日は夕方から桂川へ。この季節のイブニングライズ狙いで実績があると聞く某所に夕暮れ近づくころに到着したが、ここは自殺の名所である。背中にそそり立っている崖と、後ろの茂みはなるべく気にしないようにして川へ入る。

午後五時。これからいい時間だというタイミングで、じんわりと川が濁りだした。なんだなんだと思っているうちに白濁度が増加し、ちょっとコーヒー牛乳色に近くなってしまった。かんべんして。

次号に「密着ドキュメント! 桂川のヘンタイさんと12時間」を書きました。

ドライで釣りにならないほどではないけれど歓迎する水色ではなく、かといってこの時間から他のポイントへ移動するわけにもいかない。この場で心中することに決定。おっとここは自殺の名所だった。めったなことを思うと妙なものを呼んでしまう。

結局ずっと待ってもライズなし。本当はいいライズが一発あったんだけどアプローチを失敗してライズの主を撃沈してしまったから、なかったことにする。ライズなんかなかった。

帰りの車の中では、行きがけに買った上野原植松のあんどうなつ(死ぬほどうまい)をむしゃむしゃとぱくついた。「やっぱり個別包装のほうがカリッと感が持続するよな」とか独り言をつぶやく。ボウズをくらった中年親父にふさわしい、おいしいけどちょっとさびしい中央高速の帰り道だ。

もういっちょ!(髙田延彦)

私は釣り師としてはたいしたことないが、普通の人よりしつこい。帰宅後どうにも納得がゆかず、近所の川へ再び出動することにした。フライフィッシングなんてしちめんどうくさいことはやってられない。ルアーロッドにジッターバグをぶらさげて自転車で行く。ちなみに「jitterbug」とは西城秀樹と桑田佳祐が踊っていた「ジルバ」のことだが、日本語の〝じたばたする〟の語源である。

『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』新刊

濡れたサドルをてのひらでサッとぬぐい、さっそうとまたがった。キッズシート付きのママチャリだけど本人はマイヨ・ジョーヌでも着込んでいるつもりだ。

と、加齢のせいでいきなりバランスを崩した。思わず体を支えた右手の親指を弾みでグニュッとひんまげてしまい、絶叫。しばらくその場でうずくまる。かなりの時間をかたまっていた後におそるおそる動かすと、ホネには行ってないようすだ。親指がじんじんしているまま、お目当てのポイントを目指した。さっきも言ったが私の釣り師としての取り柄は、普通の人よりしつこいことだけだ。

目的地の橋に到着。振動を立てないように静かに土手を降りて、草むら越しに第一投した。うおッ。グリップに力を込めただけでものすごく痛い。握力ゼロ。スピニングロッドを両手で振ることにした。

赤黒のジタバグを対岸ギリギリにおとし、ゆっくりと流れを横切らせつつカポカポと引いてくる。かぽん。フッキング。ゆうべチューニングしたばかりのフックが効いた。じゅうぶんに引きを堪能してからランディング。大きくはないが今年の初ナマズだ。三投目で釣った。

ふたたび、ウッ。

暗闇の中で私は一人で獲物をラインにぶら下げた。心地良い重みだ。周りには誰もいないし外見では分からないだろうが、じつはこころの中ではものすごくうれしい。今度は『なまずの棲む川 ─なまずよ、故郷の川をのぼれ!』というタイトルの本を作ろうかと思うくらいだ。ここでニュース速報。フライの雑誌社の新刊『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』はおかげさまで好評で、昨日も取次さんからまとまった数の注文をいただいた。ヒットの予感がする。

さて、桂川ヤマメの仇を浅川ナマズでとってやったと言ってはナマズに失礼だけれど、気持ちはハレ晴レである。バイバイとやさしくリリース。早いけど帰るか。

指と引き換えに釣った。釣り雑誌を作っている人とは思えない高品質な写真でスミマセン。

さっき降りてきた土手を登り返そうとテトラに足を乗せたら雨上がりでツルリと滑った。左手に竿を握っているので思わず痛めている右手で体を支えようとしたところ、親指がさっきよりもさらにグニョグニョッと曲がって後頭部を高圧電流が突き抜けた。そのまま体を支えられずドウ、とガンタンクのように倒れた。

こんな夜中に誰も知られずに浅川の草むらの中で横倒しになっている俺ってすごい。親指取れちゃったみたいに痛い。半べそかきながら帰宅。

翌朝、つまり今朝。

親指は当社比1.5倍くらいにふくれあがっていた。

さいきん私は近くの河原で早朝にブーメランを投げるのを日課にしている。ブーメラン楽しい。今朝もいつも通り河原に行ってブーメランを投げようとしたら、スローの瞬間に親指がウッ。ブーメランがぽとりと地面に落ちた。まるで肩を壊した飛雄馬のようじゃないか俺。