コイ釣り一日一寸/愛子姉ちゃん

子どもの頃は毎日のように多摩川でコイ釣りをしていた。平日、授業が終わったら自転車を走らせてまっすぐ川へ向かう。渓流釣りを覚えるまでは休日は父親と一緒に野ベラ釣り、平日は学校の友だちと多摩川でコイ釣りをするのが日課だった。地元のポイントに行けば、必ず顔見知りの釣り友だちがいた。その内の一人「ずっこ」が残堀川の合流で釣ったヘラブナを、止めとけと言ったのにその場で洗いにして食べ、翌日学校を休んだのは記憶に新しい。多摩川で50センチ級のコイを釣れば、まず1ヶ月はクラスの釣りをやる男子の中でヒーローになれた。もちろん私はこと釣りに関してはいつもけっこうヒーローだった。ただし運動会や水泳大会ではまったく誰にも期待されなかった。ここらへん今風に言えば、非モテ男子の典型だったなあと、少しツラい。

保健所に連れてこられた捨て犬みたいに大ゴイが足下をうろうろしている今と違い、当時の多摩川のコイは数も少なく威厳があった。護岸上の高い足場から吸い込み釣りの仕掛けを川の中央へ投げ込んで、あとはひたすら竿先が引き込まれるのを待つ。吸い込み餌の配合と練り具合に各自の秘伝があった。かつて野ゴイ釣りは一日一寸、巨ゴイを手にするには尋常ではない粘りと根性が不可欠だと言われていた。子どもは子どもなりにまだ見ぬ大コイへの憧憬を抱えて、風に震える竿先を見つめていた。

思い起こせば釣りキチ三平に魚紳さんが初登場したのは、三日月湖での野ゴイ釣りの章だった。この時の魚紳さんは、後年の爽やかな好青年ぶりとは全く違う無精髭の悪相で(しかもアル中)、絶対近づきたくない感じのヤバ系のおっさんだが、巨ゴイを狙っている釣り師なんだからコワくて当然、と子どもの私は感じた(すごい偏見)。ちなみに、後に魚紳さんとくっつくことになる愛子姉ちゃんの初登場もこの章でのこと。姉さんかぶりが素敵な愛子姉ちゃんに、私も三平のように膝枕で抱っこされたかった。そんなわけでそれからずっと私の理想の女性像は、愛子姉ちゃんと峰不二子だ(今はそこにはいだしょうこお姉さんが加わった)。

つり人社から今度出た『Carp Fishing』という別冊には、コイ釣りを大物釣りの原体験に持つ自分はがーんとやられてしまった。コイ釣りに関する私の体験は、フライフィッシングでのアプローチ以外はほぼ30年前で止まっているので、センサーやらボイリーなる人工餌やらを駆使する最新の状況には正直ついていけない部分はある。しかし、コイという我々の身近にいながら信じられないくらいに大きく育つ魚を追いかけることに、独特の変わらぬ夢があることはよくわかる。ルーマニアの湖で釣られた34.2キログラム(!)の化け物ゴイの写真と釣行記には、多摩川出身の釣り人ハートが火を噴いた。渓流も行きたいけどコイ釣りもしたい。いそがしい春だ。