フライマイレージってなんだろう

さいきんあまり聞かないが、フードマイレージという言葉がある。食品の重量×輸送距離で計算するそうだ。わたしたちがいただく食品は、産地を離れて食卓へ並ぶまでの手数が多ければ多いほど、エネルギーを多く消費するし、二酸化炭素をたくさん排出する。フードマイレージの高低が、環境への負荷を示す指標になるのだという。

対比されるのは「地産地消」あたりだろう。自前の畑で採れた野菜と、地先の海や川で釣った魚を毎日いただいていれば、フードマイレージは低い。

もとは「food miles」で、1994年に英国の消費者運動の先生がサスティナブルな暮らしのための概念として提唱した。7つの海を支配した大英帝国がどのつら下げて何を言うか、などと言ってはいけない。フライフィッシャーは大英帝国にはわりとお世話になっている。フードマイルをいじって、日本語英語の「フードマイレージ」にしたのは日本の農水省だ。ちょっと物欲しげな感じがする。やたらに食べる「フードファイター」みたいでもある。意味逆じゃん。

先週金曜日の夕方、いつもの川でいつものオイカワを釣っていて、ふと「フライマイレージ」という言葉を思いついた。

フライフィッシングは講釈の多い釣りだ。フライフィッシャーは、一匹の魚を釣るまでに、道具への思い入れや毛バリの研究や、釣り旅の印象やどうでもいいうんちくやらを、事前にできるだけ抱えたがる傾向がある。それらを「魚に出会うまでのストーリー」とか、「忘れられない一匹の記憶」とか、「プロセスを愉しもう」とか、大げさに呼んで、大変にありがたがる。とくに釣り雑誌は、なかでも『フライの雑誌』はそういうのが大好物である。

つまり、魚を釣るまでの道筋に情熱を突っ込めば突っ込むほど、「フライマイレージ」が高くなると言えないか。

いいフライフィッシングができればそれだけで満足してしまう人生なんて、フライをやらない人から見たら、まったく理解できないに違いない。たしかにカップラーメンでも腹はふくれる。でもお兄ちゃん、ただお腹を満たせばいいのとは〝チト次元が違う〟食卓も世の中にはある。人はパンのみにて生くる者に非ず。それを文化と呼んだりする。『水生昆虫アルバム』の42頁をご参照ください。

わたしがわずか10数センチのオイカワを釣るとき、手にするフライロッド、フライリール、フライライン、リーダー、ティペット、ランディングネット、フライパターン、フライマテリアル、タイイングツール、釣り方に至るまで、それぞれに自分なりの思い入れがある。マスプロ品でもどんなきっかけでどこのお店で誰からどんなシチュエーションで買ったかの物語があれば、オーダーメイド品とかわらない。

ハード・ソフト問わず、自分の釣りを構成するアイテムの背景は、深ければ深いほうが面白い。魚は釣っても道具に釣られるなということわざがあるが、むしろ道具に組み敷かれて喘ぎたいくらいだ。

フライマイレージの高さは、幻想と勝手な思い入れの量に比例する。その点では、釣っている魚がオイカワでもカジキでも、まったく同じである。ヤマメでもアマゴでもニジマスでも、ボーンフィッシュでもアトランティックサーモンでも横一線、フライフィッシングに貴賎はない。

大人のわたしは、フライフィッシングでどんな魚を釣っても、魚が大きくても小さくても、それが自分のやりたい釣りならば、どれもとても楽しいと思う。あれを食べてみたい、これも食べたことがないと、ひたすら腹ぺこで常にガツガツしていた10代、20代のころには、まるで想像もつかなかった種類の釣りの喜びだ。歳くうのもわるくないと思うのはこういうときである。胃が小さくなったのかしら。

とはいえ、フライマイレージが高ければ、かならず釣りの満足度が高まるかというと、そこはまた微妙なのは、フライフィッシングのめんどくさいところだ。(めんどくさいから説明しない)。おおむね、フライマイレージが高い状態は、たかが釣りごときへ必要以上の手間ひまをかけていることへの、自分や周囲への言い訳にはなるだろう。「わたしはフライマイレージを貯めるのが趣味なんです。だいぶ貯まっていますよ。」とか。おっさんうるせいよと尻を蹴られそうである。

フライフィッシャーは、車や電車や船や飛行機や馬やヘリコプターを使って、わざわざはるか遠くまで釣りに出かけて行くことも珍しくない。そういう人間側の物理的な運動を、フライマイレージの係数へ反映させる必要もありそうだ。釣れない釣り人がしばしば口にする、「すごく高いサカナになっちゃった。」というため息まじりの感想はその表出である。一匹でも釣れればまだいいけど、ボウズの場合は係数ゼロになるから、どうやって計算すればいいのかな。「がっかり指数」のような別の指標もいるかもしれない。

その日の浅川では、清潔で美しいオイカワが次から次へと、小さなナイフがきらきらと舞うように釣れつづけた。フードマイレージならぬフライマイレージって、ひょっとしてまだ誰も言ってないかも。これ雑誌のネタに使えるんじゃないのと、わたしは内心ニヤニヤしていた。不純な人間の不純な釣りである。フライフィッシングは貴族のたしなみだったとかいうけど、貴族はマイル貯めないと思う。

Tポイントカードはよろしかったでしょうか。

あ、お願いします。

研ぎをお願いしていたミズタニシザースの「kava」が工場から戻ってきた。さっそく試すとその繊細な切れ味はおそろしいほどである。工場でお会いした職人さんの張りつめるような緊張感が刃先に込められている。第109号登場の和氣博之さん、牧浩之さんもkava使い。真ん中はスキ刃のセニングシザー、奥はTMCのタングステン鋼ブレード。この3本を取っ替え引っ替えしながら毛バリを巻けば、フライマイレージがどんどん高くなる。
青山のショールームで研ぎをお願いしていたミズタニシザースの「kava」が戻ってきた。見事に復活したその繊細な切れ味はおそろしいほどである。職人さんの真剣が幅数ミクロンの刃先を伝い歩いている。第109号でCDCパターンを巻いてくれた和氣博之さんと、『山と河が僕の仕事場』の牧浩之さんもkava使いだ。写真の真ん中はスキ刃のセニングシザー、奥はTMCのタングステン鋼ブレード。もちろんワイヤー用には別のハサミがある。家族が寝静まった深夜、タイイングテーブルでこの3本を取っ替え引っ替えしながら毛バリを巻けば、フライマイレージは音もなく高まっていく。フライフィッシングの愉しさは底知れない。
オイカワ釣りのフライたちと。真ん中2本のアイカザイム風は超一軍。
オイカワ釣りのフライたちと。真ん中2本のアイカザイムもどきは超一軍。
ストレッチボディ式でハックリングしたCDCはフラクタルに仕上げたい(第109号参照)。そんな時に刃がクシ状になったセニングシザーが役に立つ。一度使ってみれば実感するが、ほんとに便利で早く美しく仕上がる。(写真と美しい仕上げとは関係ありません) やってみて。
ストレッチボディ式でハックリングしたCDCはフラクタルに仕上げたい(第109号参照)。刃がクシ状になった小さなセニングシザーを使うと、手早く美しく仕上がる。やってみてください。(上の写真と美しい仕上げとは関係ありません)
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【新刊】山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから(牧浩之著)
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『新装版 水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW』島崎憲司郎
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