前回の治療のときに「次はちょっとだけ、キーンで削らせてくださいね。」と先生に宣言されていた。だから今日は覚悟はしていたのだ。
消毒液の臭いのする治療室に入り、無機質なイスに座らされた。先生が機械の準備をしているあいだリラックスしようと思い、今朝仕入れたばかりの情報を先生にふってみた。
「スマップの草なぎ君、逮捕されましたね。」
私はまったく興味がないが、まあ世間話だ。
すると先生はさすが美人である。いつもの穏やかな表情のまま
「ほんとですか、知りませんでした。なんで逮捕なんですか。」
と、とりあえず反応してくれた。ここらへんがどこかの川の性悪ヤマメとは違う。
「公然わいせつだそうです。」
「あらあらあら、ダークな一面が。」
先生おもしろい。
調子にのった私はさらに
「地デジどうすんでしょ。」
とたたみかけた。一瞬の間があった後、よく分からないけどすごくウケた。先生がマスクをした口に手を当ててのけぞって大笑いしたのでちょっとびっくり。こんな笑い方するんですね。ひとしきりウケ終わったたところで、先生、急に歯医者モードに戻った。
「じゃあ、削ります。」
そして私の大嫌いなキーン地獄が始まった。結局キーンするのね。
今日わかったことがひとつ。キーンは耳を指でふさいでもダメだ。骨伝導というのだろうか、むしろよけいに脳幹に響くようで不快さが倍増した。
数十分間のキーン地獄から解放されたときは、体の底からぐったりだった。帰り際、アシスタントをやっている歯科衛生士の可愛い感じのお姉さんに、お会計しながら聞いてみた。
「キーンの音、大丈夫ですか?」
するとお姉さんは、
「あたしダメなんです。鳥肌立っちゃう。」
とぷるぷる首をふるわせて肩をすくめた。
なんだ、みんなだめなんじゃん。ていうかあなた毎日キーンのお手伝いしてるじゃん。