品川にある国立大学の図書館へ行った。

へたすれば私と親子ほどに歳の離れているいまどきの大学生諸君というものが、どんな雰囲気をかもしだしているのかに興味があった。ここはぜひしっかり観察してやろう。図書館の入り口を入ると思惑どおり学生がたくさんいた。ではさっそく観察だと、彼らが座っている机のあいだの狭い通路を用もないのに巡回しはじめた。いちばん手前の若僧が(なんだこのオヤジ)という視線を投げかけてきたが気にしない。

この国立大学に通う学生は、広範な分野から出題される難解な試験をパスしてきた諸君ばかりだ。きっと昔ながらのガリ勉君みたいなのが多いのだろうと予測していたが、ちがった。ジャージを筋肉で盛り上げているアスリート風、東池袋のキャバ嬢みたいなフワフワした女のこ、あぶりやってそうなラッパー。バラエティ豊かだが基本的には上品な学生諸君が、なかよく背中を並べてまじめに勉強している。

しーんと静まり返った館内にもちろん私語はない。のどがガラガラするからといって咳をするのもはばかられる。あぶりやってそうなラッパーに「気が散るからしずかにしてください」とか注意されたらかなりいやだ。学生観察を早々に切り上げて反省した。私は大学生なんてのはみんなスーパーフリーみたいなのかと思っていた。こころがいやらしかった。

同時に、自分が学生だったころにつきまとわれていた、なつかしい感覚を思い出した。あれはたしかに疎外感だった。私は周りの学生とまったく没交渉だった。80年代後半の浮かれた学生連中になじむほうがおかしいと今なら思えるが、じつはさびしかった。でも水辺や本の中ではさびしくなかった。

先週から仕事場の裏で、だれかがひょろひょろしたトランペットを吹いている。この曲は知っている。でもなんだったろう。思いだそうと努力していたがさっきようやく判明した。「サマータイム」だ。哀れ蚊の航跡みたいなトランペットが夏の終わりによく似合っている。