大岡玲さんの新著『男の読書術』の男っぷりについて。

世の中には一度読んだ本は本棚へ並べるように頭の中へ畳まれて、いつでも出し入れ自由というオソロシイ方がいる。不肖わたしの存じ上げている中では、フライの雑誌社から『文豪たちの釣旅』を出版してくださった大岡玲さんがその筆頭格である。その大岡さんがこのたび岩波書店から刊行された『男の読書術』は、1993年から2008年まで毎日新聞の書評欄「今週の本棚」に掲載された大岡さんの書評から厳選した130余点をまとめ、新たに書き下ろしを加えた一冊だ。
世の中には一度読んだ本は本棚へ並べるように頭の中へ畳まれて、いつでも出し入れ自由というオソロシイ方がいる。不肖わたしの存じ上げている中では、フライの雑誌社から『文豪たちの釣旅』を出版してくださった大岡玲さんがその筆頭格である。大岡さんがこのたび岩波書店から刊行された『男の読書術』は、1993年から2008年まで大岡さんが毎日新聞の書評欄「今週の本棚」に寄稿した書評から厳選した130余点をまとめ、新たに書き下ろしを加えた一冊だ。
さっそく頁を開くと、岩波さんの編集さんが書いたと思われる惹句のすごいのが目に飛び込んできた。この短い文章の中に「男」の文字が8回も出てくる。毎日新聞に掲載していた16年間、大岡さんが常に「男」を意識して本を書評する本を選んできたわけではないだろう。単行本にまとめるにあたって文章を選んだら、そこに浮かび上がってきたキーワードが「男」であった、ということのようだ。現在大岡さんは平凡社の隔月刊誌『こころ』に、「男の子の風景」という表題の興味深い連作短篇を連載している。とすれば、もともと潜在的に大岡さんが抱えていた「男」もしくは「男の子」への問題意識が、なぜかごく最近になって具体的に表出してきたということか。わたしの知っている大岡玲さんは、魚を釣って笑ったところなどの無邪気な表情はまさに「男の子」っぽくはあるが、漢字一文字の「男」みたいな男くささを感じたことはない。一人でどこかの山の湖で釣りに出かけている時の大岡さんは、ひそかにブロンソン化しているのかもしれない。
さっそく頁を開くと、岩波さんの編集さんが書いたと思われる惹句のすごいのが目に飛び込んでくる。短い文章の中に「男」の文字が8回も出てくる。毎日新聞に掲載していた16年間、大岡さんが常に「男」を意識して書評する本を選んできたわけではない。単行本にまとめるにあたって文章を選んだら、そこに浮かび上がってきたキーワードが「男」であった、ということだそうだ(「あとがき」より)。現在大岡さんは平凡社の隔月刊誌『こころ』に、「男の子の風景」という表題の興味深い連作短篇を連載している。とすれば、もともと潜在的に大岡さんが抱えていた「男」もしくは「男の子」への問題意識が、なぜかごく最近になって具体的に作品上へ表出してきたということか。わたしの知っている大岡玲さんは、魚を釣って笑ったところなどの無邪気な表情はまさに「男の子」っぽくはあるが、漢字一文字の「男」みたいな男くささを感じたことはない。奥山の湖あたりで単独で釣りをしている時の大岡さんは、ひそかにブロンソン化しているのかもしれない。
湯川豊さんの著書『夜明けの森、夕暮れの谷』(2005年)の書評文。「夜明けの森、夕暮れの谷」というタイトルは、アテネ書房から1980年に出たフライフィッシングのアンソロジー単行本『ザ・フライフィッシング』での湯川さんの原稿のタイトルだった。25年後に出す単行本のタイトルにもするくらいだから、よほどお気に入りだったのだろう。12歳だったわたしは「夜明けの森、夕暮れの谷」にも収録されている湯川さんの「246号川」で、青山のブルックス・ブラザーズを知った。この「246号川」を大岡さんは、「フライ・フィッシャーなら、苦さの入り交じった抱腹絶倒をするにちがいない」と評している。12歳のわたしはまだフライフィッシャーではなかった。
湯川豊さんの著書『夜明けの森、夕暮れの谷』(2005年)の書評文。「夜明けの森、夕暮れの谷」というタイトルは、アテネ書房から1980年に出たフライフィッシングのアンソロジー単行本『ザ・フライフィッシング』での湯川さんの原稿のタイトルだった。25年後に出す単行本のタイトルにもするくらいだから、よほどお気に入りなのだろう。12歳だったわたしは湯川さんの「246号川」(『夜明けの森、夕暮れの谷』にも収録されている)で、青山のブルックス・ブラザーズを知った。この「246号川」を大岡さんは、「フライ・フィッシャーなら、苦さの入り交じった抱腹絶倒をするにちがいない」と評している。12歳のわたしはまだフライ・フィッシャーではなかった。
『男の読書術』には大岡さんの書き下ろしコラムが6点。これが面白くて読みやすい。大岡さんが丸谷才一氏の本に教わったところによると、当代の話題の本を読んでいなくても相応の知識を得られて恥をかかない、それも書評の役割であるのだそうだ。なるほど。『男の読書術』を読めば130余点の名著を読破したのと同じになる。
『男の読書術』にはコラムの名手、大岡さんの面白くて読みやすい書き下ろしコラムが6点おさめられているのがうれしい。大岡さんが丸谷才一氏の本に教わったところによると、当代の話題の本を読んでいなくても相応の知識を得られて恥をかかない、それが書評の役割のひとつであるのだそうだ。なるほど。『男の読書術』を読めば130余点の名著を読破したのと同じになる。
『フライの雑誌』第100号記念号に寄せてくださった大岡さんの原稿のタイトルは、「ヨゴレとケガレと釣りの明日」だった。古くから原子力発電に違和感と危機感を抱いていた大岡さんが、福島原発事故に至ってどうにも手のうちようがないと嘆息する。およそ一般の釣り雑誌にはけして載らない文章だろうが、『フライの雑誌』の読者には受け入れられた。それは大岡さんの絶望がどれほど終末的なものであっても、崖っぷちにぶらさがるようにしての祈りと希望と対になっていたからだろう。それは人としての強さなのだと思う。人生、やっぱり頑張んなきゃな、なのである。
『フライの雑誌』第100号記念号に寄せてくださった大岡さんの原稿のタイトルは、「ヨゴレとケガレと釣りの明日」だった。古くから原子力発電に違和感と危機感を抱いていた大岡さんが、福島原発事故が引き起こしたフィクションのような巨大な現実を前にして、どうにも手のうちようがないと嘆息する。およそ一般の釣り雑誌にはけして載らない文章だろうが、『フライの雑誌』の読者には受け入れられた。それは大岡さんの絶望がどれほど終末的なものであっても、崖っぷちにぶらさがるようにしての祈りと希望と対になっていたからだ。それは人としての強さなのだと思う。人生、やっぱり頑張んなきゃな、なのである。
で、本文のラストはアントニオ猪木で〆ると。いやあ、すごい。「男」で通した。今度大岡さんにお会いしたら、ブロンソン化しているところを想像してみようと思う。大岡玲さんの新著『男の読書術』は岩波書店から刊行されたばかりです。
で、本文のラストはアントニオ猪木で〆ると。いやあ、すごい。「男」で通した。今度大岡さんにお会いしたら、ブロンソン化しているところを想像してみようと思う。
奥付で『文豪たちの釣旅』と小社の名前を記載してくださいました。本当にありがとうございます。
奥付で『文豪たちの釣旅』と小社の名前を記載してくださった。本当にありがとうございます。大岡玲さんの『男の読書術』は岩波書店から刊行されたばかりです。

男の読書術(大岡玲著/岩波書店)
男の読書術(大岡玲著/岩波書店)
文豪たちの釣旅 大岡玲
文豪たちの釣旅 大岡玲