手前味噌でアレですが、

『フライの雑誌』の最新85号〈特集◎尺をめぐる冒険〉は、評判がいい。発行からひと月が過ぎてあちこちのお店で売り切れている。Amazonでは10日間で売り切れた。でも追加のご発注はなかなかいただけない。まあこういう時代ですから。

そろそろ編集部では、次号の編集作業に入ろうかな、やんなくちゃいけないよな、というゾワゾワしたプレッシャーを背中に感じはじめている。次号の発行は8月末であるので、世の中一般の雑誌編集と比べたら、ゾウガメも白目をむいてぶっ倒れるちんたら進行だ。

私は夏休みの宿題は最終日の夜に泣きながら机に向かってやって、しかも間に合わず、間に合わなかった理由を口先でごまかす子どもだった。40過ぎてもその魂は忘れない。だって6月の渓流の風が気持ちよすぎるのがいけないんです。フライフィッシングを覚えて怠けるのと言い訳は上手になった。

次号の特集はもうずっと前からあたためていた企画である。小誌にはたいへんめずらしく、特集に関してだけは、すでにけっこうな段階まで構成が進んでいる。で、これがたぶん、もう今世紀最大級に面白い予感にさいなまされている。ではなくて、面白い予感で、編集部は心の底からうち震えている。85号の好評なんてまったく目じゃない。100万部くらい売れるんじゃないだろうか。出版不況ってなんでしょうね? と村上春樹と一杯やりたい気分だ。

…と、毎号毎号、編集の修羅場に突入する前は、こんな感じで意図的に自分自身へ勢いをつけるのが常である。静まりかえった水面で無理やりフラッタリングしまくり、やる気のないヤマメを「おうりゃっ」と引きずり出す要領だ。たいていフッキングに失敗します。

私は学生時代に『フライの雑誌』の編集作業を手伝い始めた。当時の編集部は古びたアパートの一室に入っていた。壁は汚れていて紙みたいに薄かった。その小さくて狭くて苦しい窓から三鷹郊外ののどかな田園風景をながめて、「この隔絶感はすごい。男子一生の仕事じゃない。」と心に決めたものだった。それが20 年たってなぜかこんなことになっている。釣り師は学習しないとつくづく思う。

どんとはれ。