文化的な一日

今日は夏休みから解放された日。ひとりで動ける。上京しよう。

紀伊國屋書店新宿南店は、なんでもある風で、なんにもなかった(うちの本が一冊もない)。文庫・文芸フロアにレジがないのは、文庫・文芸本が「売れない」のを自認してるからなのだろうか。全フロアまわったが、新刊ブックオフみたいな品揃えでおもしろくない。といって手ぶらで通過するのもなんなので、読み捨て系の新刊新書を一冊と、最新号の「創」を買った。

ふだん東京の西の外れに暮らしているわたしは、まっとうな書店の匂いに飢えている。それで今日はいそいそ、わくわくと都心の書店へやって来たというのに、この仕打ちか。せめて紀伊國屋の本店へ行けばよかった。せっかく火照ったカラダがおさまらない。そうだ、模索舎へ行こう。渋谷区との境界を抜け、スカイマークエアラインがつぶれそうなH.I.S.を横目に、新宿四丁目から世界堂の前を通って、模索舎へ向かった。

模索舎はいつもどおりの模索舎でホッとする。レジの兄ちゃんが石坂浩二の金田一耕助みたいな鳥の巣頭で、いかにも模索舎っぽいのもいい。わたしは中年太り入ってるカラダを横に斜めに知恵の輪みたいに捻りながら、くそ狭い店内を移動。〈中国なめるな、日本を誇ろう!〉みたいなブックレットが平台に積んであった。表紙デザインに勢いがある。

しゃれで買おうかと思ったが、1400円+税ということなのでやめた。そういう人々に資金を提供するつもりはないし。竹中労本を一冊買った。帰りしな、入り口扉の脇に「創」が平積みになっているのに気づいた。どうせなら模索舎で買えばよかったと悔やんだ。

おなかすいた。ひとりランチしよう。三丁目の「あづま」にするか南口の「西武」にするか「新宿らんぶる」にするかで悩んだ。わたしは頭のなかだけでなくて、それぞれの店の前に立って文字通り〝悩む〟ので、たいへん疲れる。各店舗の間を3周くらいしてしまった後、結局「BERG」へ。最初っからそうすればいいじゃんかと。

「BERG」はやっぱりたいへんよろしいお店である。〈健康に害を及ぼす原発に反対します。安心安全な食材を〉みたいなことを大書したチラシが貼ってある壁の前で、見るからに不健康そうな客が、昼間からビールを立ち飲みしながらタバコをぷかぷかしているのも、じつによろしい。わたしはカレーセットで珈琲をいただいた。本当はビールを飲みたいのだけど、顔がまっ赤になるので恥ずかしい。

蕎麦屋でひとり酒とか、「BERG」で昼間ビールとかは、わたしの手の届かない大人の世界だ。とても憧れる。いつかはきっとと思うがむりだろう。以前、中入り後の部を聴く前に、当時末廣亭の隣の地下にあった蕎麦屋へ一人で入り、卵焼きと板わさをつまみに、かっこよくビールを頼んだことがある。内心、(おれもおとなになったものだ)と喜んでいたら、ビール一本飲みきれなかった。大瓶だったから。今度から小瓶でお願いします。

新宿から埼京線で浮間舟渡の「HIRANOTSURIGU」へ。店主のヘンタイ平野氏は、『フライの雑誌』102号へ「頑固親父になりたい」というエッセイを書いてくれた。あの文章はわたしはすごくいいと思うし、読者からも好評だ。本人はどう思うか知らないが、ササノの子はササノといったところだとわたしは思う。素敵なつながりだ。日本フライフィッシングの文化と精神はしっかり継承されている。

店の扉をあけて「こんにちはー」と声をかけたが反応がない。扉には「OPEN」と書いた看板がぶらさがっていたはずだが、あれはダミーかい。「ちはー!」とさらに大声を出しておとなったものの、やはり反応ない。どこへ行ってるんだあいつ。ものすごい価値のあるアンティークものがずらりと並んでいる店内で、なんて不用心なんだと、客のわたしがひとりごちる。へんなの。

そうこうしているうちに、他のお客様が来店された。「なんかいまちょっと出かけてるみたいなんで」と、わたしが謝る。いったいなんなんだ。平野氏の携帯に電話をかけた。「はいー、もしもし」。とぼけた声で普通に本人が電話へ出た。「おきゃくさんだよー」とわたし。「え、あ、いらしてるんですか」「いらしてますよ」「あ、いま銀行なんで、すみません」。店主が戻ってきて少しすると、『フライの雑誌』にもたびたび登場してくれている、店主と共通の知り合いである先輩釣り師がご来店。約束もしていないのにこんなところで会えました。釣りはいいね。平野オリジナルのラニヤードとか(これいい)、宮崎産のHM Favoriteドライウィングマテリアル(マシュマロ用)とかを購入した。

自民党政権になってから高速道路代が高くなって困っているという話題になった。感覚的には以前の倍だ。これじゃ気軽に遠くへ釣りに行けないよね、ということで一致した。釣り師の経済話なんてこんなものだ。

あえて名は伏せるが、とある若い釣り仲間は、「彼女と一緒に釣りへ行く時、ふつうの宿へ泊まるにはおかねがかかりすぎるので、へんな話、街道沿いのラブホテルを利用しているんですよ。」と言っていた。それは正解だよ、とわたしは言った。だって安いし、気軽だし、おまけにやれるしね。ただ次の日の朝に早く起きられないのが玉にきずだね。するとその場にいた歳上の釣り師がすかさず、「早く起きられないんじゃ釣り師失格だろう。あっはっは」。釣り師同士のこういうどうでもいい会話は楽しい。

「HIRANOTSURIGU」を出て赤羽経由の京浜東北線で約30分弱、新橋から銀座「ランブル」へ。19時くらいまでおじゃました。本当はこのまま阿佐ヶ谷へ行きたいところだけど「吐夢」は今日はお休みだから、まっつぐおうちへ帰りましょう。

行き帰りの電車の中で、読みかけの本を2冊読みきった。

たいへんに文化的な一日であった。

そして明日は釣りの約束がある。

「HIRANOTSURIGU」のロッドビルディング。グリップはコルクリングを貼り重ねた状態から削りだす。手がかかるがその分味わいがある。某国内大手メーカーさん、零細個人企業の商品アイデアをまんまパクるのはやめましょう。みんな分かってます。恥ずかしいことです。
「HIRANOTSURIGU」のロッドビルディング。コルクリングを貼り重ねてからグリップを削りだす。しごく王道なやり方だが、それを面倒がるロッド屋さんは少なくない。ところで今日の記事とは関係ないけど、某国内大手釣具メーカーさん、零細企業や個人商店の商品アイデアをまんまパクるのは、いいかげんやめましょう。たいへん恥ずかしいことです。みなさんにばれてますヨ。
「葛西善蔵と釣りがしたい」|自分の書いた本を手にとってもらうのは、尺ヤマメを釣るのと同じくらい難しいことがよく分かりました。
「葛西善蔵と釣りがしたい」|自分の書いた本を手にとってもらうのは、尺ヤマメを釣るのと同じくらい難しいことがよく分かりました。