米国ワシントン州のサケ・マスの放流事業は失敗だった。同じ時期に帰ってくるばかりの魚は何かがあったらそれで終わりだ。自然孵化の魚は柔軟性に富んで抵抗力が強い。しかし放流が多いと、川ではその魚が自然孵化した魚の餌を先に食べてしまう。自然孵化の魚は圧倒されて生き残れない。しかし外洋に出た放流魚も強くない。2-3世代前の魚と同じ漁獲を得るのに今や30倍も50倍も多く放流しなければならなくなった。採算なんか合わない。
12月中旬発行の新刊『バンブーロッド教書』を最後の追い込み中の永野竜樹さんのブログ「シェフのフライロッドの世界」から。水産博士号を持つ米国フライフィッシング界の御大Jim Adamsさんの動画。
上記内容は、日本のサクラマス増殖事業を批判して各河川ごとに検証している『桜鱒の棲む川』(水口憲哉著/フライの雑誌社刊)の提言とも相通じるものがあります。
本来フライフィッシングは、自らも自然の一部である人間が自然を客体化して、あえて生餌を使わずに自然とシンクロしたいという、たいへんに面倒な試みです。自然への観察力が深まるほどにフライフィッシングの楽しみも深まります。
川の流れを追いかけていけば、有限な自然環境を利用してきた人間社会の、過去から現代に至る営みが果たして妥当なものであるかどうか、釣り人はもちろん興味を持つことになります。
そして関心がただの魚釣りからもう一歩奥に踏み込むとき、釣り人にはそれぞれの人生の処し方が見えてきます。それは哲学とか文化とか、あるいは文学と呼ばれるものです。
フライの雑誌社の出版活動は、そんな一人一人の胸の奥にさらさら流れる川の、源の一滴に触れるものでありたいと願っています。