新刊『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』発行直前情報(その4)

(その3よりつづく)

サクラマスの生活史を明らかにした水産研究者大野磯吉も1931年以降は一貫している。
同じ北海道の水産技師半田芳男はその著書『鮭鱒人工蕃殖論』(1932)で、〝海にて成育するものは2、3年目の早春遡河する口黒鱒及桜鱒と3、4年目に遡河する普通の鱒とあり、口黒鱒と称せらるるは口の内部黒色を呈するものにして、桜鱒と称せらるるは口黒鱒の来遊せる後恰も桜花の咲く頃に遡河す。何れも普通の鱒に比して小型なり。大形なる鱒は6月より9月に亘り遡河す。〟として、1938年になっても「マス」という名称を用いて「サクラマス」は方言との扱いをしている。遡上群に三つあるというのが興味深い。
サケ・マスの人工ふ化放流事業では、それまで「鱒」として一緒にされていたカラフトマスとサクラマスが区別されたのが1936年以降であるから、北海道では技術者でさえそれほど関心が高くなかったのかもしれない。

サクラマスの一族には四つの亜種がある

サクラマスの仲間にはビワマス、サラマオマス、ヤマメ、アマゴ、サツキマスがいるが、これらはどのように区別され、人々の見方が確定していったのか。

これも大島正満(1929、1959)がほとんど整理している。ビワマスはサクラマスと同じく1929年の論文で、新称としてビワマスと命名している。同論文では、本州のヤマメと北海道のヤマベは全くの同一種であると結論づけている。そしてヤマメについては、〝概括的にいえばサクラマスの淡水性のもので、成熟はするが、終生幼魚の形態を保つものである。〟と定義している。このときには、アマゴは琵琶湖の沿岸でアマゴと呼ばれているビワマスの幼魚と同じであると考えている。

そして1957年の『桜鱒と琵琶鱒』では、30有余年のサクラマス一族研究の結果として次のようにまとめている。

⑴1919年にジョルダンと共にOncorhynchus masou formosanus と学名を与えて報告したサラマオマスはヤマメと同様である。
⑵木曽川で採集されたカワマスと呼ばれている鱒は琵琶鱒の降海型である。
⑶アマゴは琵琶鱒の河川陸封型である。
⑷桜鱒並びに琵琶鱒は遺伝的形質を異にする別種であり、その両者から分派するヤマメとアマゴは明確な別種である。

それ以降の研究ではコラム①に示すように、サクラマス(ヤマメ)、サツキマス(アマゴ)、ビワマス、サラマオマスの四亜種が存在するとされるようになった。

なおこれらサクラマス一族の分布域では、それぞれシーマ(ロシア)、山川魚(朝鮮)、大甲鱒/桜花鉤吻鮭(台湾)、イチャニウ(ホリを掘るものの意)/サキペ(夏の魚)/キッレッポ(降海型)(以上はアイヌ)などと呼ばれている。

(本文第1章「美しき頑固もの、サクラマス」より抜粋)